ガイドブックのない国、バングラデシュ
2009.01.23
いざ、初めてのバングラデシュへ先日、現地での調査運営のため、バングラデシュへの出張機会を得た。初めての渡航国の場合は、現地概況や地図の入手、読み物としても興味深いものが多いため、『地球の歩き方』を購入することが多いが、バングラデシュは『地球の歩き方』が発行されていない。アジア圏で発行がないのはパプアニューギニアとバングラデシュくらいだろうか。
これまで、自分が持っていたバングラデシュのイメージといえば、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行によるマイクロクレジットとそれに関連する貧困といった乏しいもの。中東諸国やパキスタン・東南アジアのイスラム国家と比較して、どのくらいイスラムの戒律を遵守しているのか、隣の大国インドと比較して、どのような生活習慣なのか、貧困や衛生面はどのような水準なのか、といった点に興味を抱きつつ渡航準備を進めた。
日本人のバングラデシュ入国には事前のビザ申請が必要なのかがウェブで調べてもよく分からないため、在シンガポールの領事館に電話し、ビザ取得にどの程度の費用と日数が必要なのかを確認。事前申請が必要で、シンガポール人以外の場合、取得に2営業日かかり、取得料金はビジネスビザでマルチエントリーの場合は120SG$(通貨単位シンガポールドル、1ドルは約60円のため、約7,200円)とのこと。現地企業からの招聘状、自社発行の身分証明書、シンガポールの労働ビザ、有効期限のあるパスポート、申請用紙と顔写真3枚を用意し、午前中に訪問。電話の情報とは異なり、午前中に申請、翌日夕方に回収という流れでビザ取得に成功。また、料金は無料。藪蛇になる恐れもあったが、「電話では120SG$と言われたよ。」と告げると、「そんなに細かいお金を日本人から徴収しない。その代わりにバングラデシュにたくさん投資してくれ。」となかなか気の利いたコメント。俄かにカントリーイメージがアップ。
乗客に就職斡旋を依頼するドライバー
シンガポールからダッカ間の飛行時間は香港までとほぼ同じ約4時間。現在の国際空港(1977年のダッカハイジャック事件は旧国際空港で発生)は新しくきれいで、照度も高い。宿泊ホテルに依頼してあった迎えのクルマに乗車。車種は日産のブルーバードシルフィ。
ドライバーはダッカ出身。流暢な英語ではないが、簡単なコミュニケーションには支障がない。奥さん、自身の両親と3人の子供、計7人で同居をしており、月給は6,000BDT(通貨単位バングラデシュタカ、1タカは約1.5円のため、約9,000円)。最近の物価高で生活が苦しい、とのこと。日本で、もしくはシンガポールでドライバーの職がないか、ドライバーはどのくらいの収入が得られるのか、と質問される。シンガポールでのドライバーのおおよその給与を伝えると、思案に耽っていた。経済的に豊かであること、自動車産業・電器産業が発達していること、両国の国旗デザインが似通っていることが日本に関する主な知識であった。自動車・電器はそれぞれ4つ以上の日本のブランドがすぐに想起されるほど浸透している。特に乗用車はトヨタを中心に90%以上と思われる比率で日本車であり、バスやトラックは隣国インドのタタ・モーターを多く見かけた。
現地の大学生インタビュー
インタビューを通じ現地事情を理解するため、東京に留学中のバングラデシュ人の紹介で、現地のダッカ大学に通う友人を紹介してもらった。紹介されたのは明らかに女性の名前。中東では女性が家族以外の男性と会うことは現実的に難しい。バングラデシュはパキスタンのように、女性が首相を務めた歴史もあることから、リベラルなイスラム国家ではないかという印象を受けた。
インタビュー開始は朝8時半。当初、こちらは夕方開始を希望したが、「日没までに自宅に戻らなければいけない。」という彼女からの申し出で、朝8時半に設定。当日は彼女の父親自ら当地での断トツの一番人気ブランドであるトヨタカローラを運転して、娘の送り迎えを行っていた。父親は欧州企業のバングラデシュでの販売代理店社長であった。インタビュー対象は大学生、その弟は英国に留学中、という家庭環境はバングラデシュでは一部の富裕層にあたることを踏まえながら、以下読み進めていただきたい。
まずは毎日のライフスタイルについて質問。朝、自宅付近を通るバスに乗り込み大学へ、ガザフスタン・アフガニスタン、ネパール、ブータンなどからの留学生と一緒に、バングラデシュの母語であるベンガル語や公用語である英語による授業を受講。レポート提出、試験は英語が用いられる。当然英語力は高く、英語でのインタビューに不自由さは感じない。ランチは25BDTから45BDT(約37円から約67円)程度。受講後は週に数回ラジオ局で記事執筆のアルバイトをしており、記事1本につき、130BDT(約195円)の報酬を得ている。日没前の帰宅が望ましいが、どうしても難しい場合は家族またはドライバーが迎えに来るとのこと。
帰宅後は家族一緒に夕食を取り、その後は契約料金300BDT/月(450円)のケーブルTVを楽しみ、1,000BDT/月(1,500円)のネット接続で調べ物や勉強などをしている。平均して、一日2回の停電があるため、パソコン利用に無停電電源装置であるUPS(Uninterruptible Power Supply)は欠かせない。テレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコンといった家電が自宅にあるが、電力が供給されない時間帯があることから、IPS(Instant Power Supply)という自家発電機を備えている。
携帯電話はもちろん個人で所有している。滞在中の現地英字新聞によると、固定電話の普及率はゼロに近いが、携帯電話のGSM回線は国土の95%をカバー、普及は4,700万台で普及率は28%、2011年には7,000万台に達する見込みである。世界中から集まる中古端末が10US$(通貨単位USドル、1USドルは約100円のため、約1,000円)程度で買え、プリペイドのSIMカードは50BDT(75円)程度から購入可能。そのため、ある程度の定期的な所得のある都市生活者はほとんど利用しているとのこと。ただ、ネット利用は1%未満と言われている。
休日はドライバーに送迎をしてもらいつつ、南アジア随一の大きさであるショッピングセンターであるBashundhara Cityで買い物などを楽しむ。最上階には映画館があり、映画は米国ハリウッド発、地元提供、ムンバイ発ボリウッドが上映されている。ハリウッド映画に関しては、上流階級は英語が理解できるため、字幕はない。地元映画はベンガル語、ボリウッドはヒンディ語であるが、ベンガル語とヒンディ語はサンスクリット語を基盤としており、バングラデシュ人はムンバイ発ボリウッドを理解することができる。入場料はハリウッド映画で約150BDT(225円)。
消費意欲は非常に旺盛であり、近い将来デジタルカメラ、ノートパソコン、デジタル辞書などのデジタル機器を買いたい、また服(多少の洋服とサリー)、宝石、時計などのファッション類にも気を遣いたい、とのことであった。
インタビュー対象者も現実、その隣にある貧困も現実
このようにインタビュー対象者は世界中の一般的な購買力のある消費者像とほぼ同一であり、世界中の都市が標準化しつつあることを改めて印象付けられた。一方で、世界銀行によると、購買力平価ベースの一人当たりGDPは1,242US$(124,200円)であり、アジアの最貧国に挙げられている。GDPや20%前後の下水道利用比率(1995年時点)といった数値で確認できる貧困や衛生状態の悪さ以外にも、貧しさを感じるポイントとしてリキシャー(人力車)の数、物乞いの数、裸足の子供の数、着古した衣服の着用、バス・トラックの使用年数があり、インドやパキスタンの大都市と比較しても貧困を肌で感じる。バスは両脇が接触などで擦れて錆びつき、30年以上前と思われるバスでも現役で走っており、定員数を無視した人数が乗車している。経済発展とともに、高等教育を受け、英語が理解でき、その恩恵に浴することのできる層とそれ以外の層で経済格差が拡大していると考えられる。また、気候変動や森林伐採、インド領内の上流でのダム建設により、年々川の水位が下がり、干上がってしまう川が増え、肥沃な土地が徐々に失われつつある。現在は米が自給できていると言われているが、こうした農村地帯での干ばつがさらなる貧困を引き起こす可能性が懸念されている。
これらの混沌も含めて、魅力的な国バングラデシュ
バングラデシュは人口密度が非常に高く(日本は1平方キロに339人、バングラデシュは1,102人)、ダッカだけで人口1,400万人(2,000万人とも言われる)、全国で1億4,000万人以上が暮らしている。また、多産を是とするイスラム社会を背景に、2030年には二億人を超えると予測されている。これらの人口増大が大気汚染や交通渋滞、衛生状態の悪化を引き起こし、将来的に食糧不足・水不足といった問題が発生する可能性がある。
バングラデシュにはこうした各種の問題や社会インフラの未整備といった現状がある。ただ、人口密度が高いということは狭いエリアに多数の労働力・潜在顧客が存在するということでもある。バングラデシュはゴールドマン・サックス証券がBRICsに次ぐ急成長が期待されるとした11の新興経済発展国家群、NEXT11に組み入れられており、最近ではユニクロが進出するなど、日本企業の新たな生産拠点として注目されている。総選挙が数度に渡って延期になるなど内政は安定していない部分はあるが、自国内・他国との宗教対立が少なく比較的安全である。また、なにより屈託のない子供の笑顔に魅了されてしまい、5年後・10年後の変化を見続けたい国のひとつとなった。
シンガポール駐在 橋本樹一郎



