HOME > ナレッジルーム > World Trend

"食の安全"危機、ついに東南アジアに本格上陸

2008.10.22

中国産牛乳の輸入・販売禁止措置

 現在は米国発の世界的な金融不安のニュースの影にやや隠れてしまいましたが、9月中旬から下旬にかけて、シンガポールのメディアは中国産牛乳の汚染問題を大々的に取り扱い、「tainted milk」という単語を新聞やテレビで見かけない日はありませんでした。ほんの数ヶ月前、日本で冷凍餃子が問題になっているさなかには、"食の安全"に関心のある一部の層を除いて、「日本人は過敏なんじゃないの」と冷笑するのがシンガポール人の標準的な見解で、対岸の火事でしかありませんでした。ところが、幼い我が子を抱いて検診を待つ人々の長い列を作る北京の病院での映像、シンガポールで広く親しまれているいわば中国版ミルキーの「ホワイトラビットキャンディ」や中国の大手乳業メーカー伊利のアイスキャンデーにもメラミンが混入していたことが食品当局であるAVA(Agri-Food & Veterinary Authority)の検査で判明したこと、それを受けて中国産牛乳と乳製品の輸入と販売が全面禁止になったことなど、一連の報道はシンガポールの消費者心理に大きな影響を与えています。同時期に出張していたブルネイでも地元紙一面でこれらの様子が伝えられていました。 

食品大手からの謹告広告

 F1初の夜間開催として盛り上がったシンガポールGPの週末、シンガポールを代表する新聞Straits Timesにネスレの謹告広告が掲載されました。ネスレ製品は安全に消費できること、ネスレ製品に使用されている牛乳・粉ミルクはオーストラリア、ニュージーランド、欧州、米国のいずれかが産地であること、ネスレ製品はメラミン混合の牛乳から製造されていないことが案内されました。シンガポールに進出している明治乳業や世界的な菓子大手キャドバリーなどからも同時期に同様の広告が出稿されました。知り合いのシンガポール人たちは「"食の安全"がここまで話題になり、現実的に健康が脅かされたのは初めてではないか」と感じています。これまでは中国産食品への疑念はなんとなく持ちつつも、それを気にしたら何も食べられない、もしくはそもそも全く気にならないという考えが支配的でした。今回の事件を契機に信頼の置ける製品しか口にしないという考えに変化する可能性があります。衣食住の中で一度経験した生活水準を最も落としにくいのは食だと言われています。これが本当であれば、今後アジアで"食の安全"への要求が高まることはあっても、落ちることはないと考えられます。

企業の社会的責任(CSR)への意識は40%

 このように品質管理や企業倫理への注目が高まる中、10月7日付Straits Timesに企業の社会的責任に関する調査結果が紹介されました。シンガポールの通産省(Ministry of Trade and Industry)が実施し、500社を超える地元企業から回答を得た結果、社会的責任を意識しているのは全体の40%にとどまることが分かりました。この「社会的責任を意識している企業」の3分の2は「持続性のある発展」「公正雇用」「慈善活動」に取り組んでいると回答しており、取り組んでいる理由として「企業文化の形成」「ブランド価値の強化」を挙げていました。一方「意識しているが実行していない」と回答した企業は「事業との関連性がない」「資金不足」を理由に挙げていました。意識していない企業を含め、シンガポール企業の多くが企業の社会的責任に関する取り組みをしていないことが判明しました。"食の安全"の追求とCSRへの取り組みが完全に一致するわけではありませんが、"食の安全"への意識の希薄さをこの調査が示しているように思えます。 

外食産業にとっての強みに

 一方で日本企業に目を向けると、外食産業によるアジア進出が拡大しています。中国ではワタミ、モンテローザ、サイゼリヤなど、タイではCoCo壱番屋や大戸屋など、シンガポールではペッパーランチや牛角などがすでに進出を果たし、地元の支持を得ています。日本からの各種報道では、さらに多くの企業が今後のさらなる事業拡大、新規進出を計画しているようです。国内市場の飽和と成長の限界による海外進出の必要性が進出理由として挙げられていますが、消費者の要求水準が高い日本市場で鍛えられた外食産業が未だ地元企業が本格的に取り組んでいない"食の安全"を強みとして訴求し、アジア全域で今以上に活躍する日も近いかもしれません。 

新たに加わった安心/安全という変数、全体の最適モデルとは

 日本の外食企業の海外での価格設定は日本国内の水準と比較して、概ねやや高く、そのため地元飲食店と比較しても高めで、必然的に市場全体の中で中高級路線を採用する傾向にあります。日本と同等かそれ以上の品質を維持し、安心/安全な商品を提供するための必要最低限な価格設定かもしれません。今回の事件で新たな国に進出する際、安心/安全への要求を1変数として組み込む必要性が明らかになりました。味、量、サービス、安心/安全をどの程度の水準で、どの程度の価格で提供するのか。安心/安全の対価として、どの程度の負担を受け入れるのか、それらの最適な全体バランスがどこにあるのか、これらを コンジョイント分析 などの手法を通じて、市場実態を事前に把握し、進出時のリスクを最小限に抑える必要があるのではないでしょうか。