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ブランドの将来

2010.09.02

 ブランドは経営の重要な資産だが、企業業績が伸び悩む中で、その戦略的な位置付け重視度が変化しつつある。これからの経営展開において、ブランドはどのように位置づけていけばいいのだろうか。

ブランドとは-企業と消費者を結ぶ共通の価値観

 この主題にふさわしい格好の仮説がある。ジャック・アタリ氏は世界的なベストセラー「21世紀の歴史」-21世紀の企業のあり方-で、2020年頃の企業形態を、個人の集合体の組織である<劇団型企業>と継続的に組織された<サーカス・映画の劇場型企業>の二つに分類している。そして、後者の劇場型企業の特徴を以下のように説明している。

『こうした企業のおもな資産とは自社のブランドであり、消費者が将来も自社製品を買いたがるように、ブランドの保護と育成に努める。
こうした企業は個人の領域に基準を作り上げていくために、顧客とのコミュニケーションを図るために莫大な経費を投じる。
こうした企業は価値観を体現し、今度は、各消費者がそれを真似る。』

 21世紀企業の本質をブランドに凝縮するあたりは慧眼というほかない。上記の言葉を「ブランド」に焦点を当ててわかりやすく要約すれば、次のように言い換えることができる。
「これからの企業は、ブランドを介して消費者と価値観を共有する。ブランドに共感する消費者を獲得するために、関係性重視の経営が進められ、そのための消費者コミュニケーションに莫大な経費を投ずる」
消費者との価値観の共有を前提に事業化を進めることによる必然の結果として、アタリ氏は「こうした企業は環境的・社会的価値観を考慮に入れ、政府が供給するのをやめた機能の一部を、少なくともNGO に資金供与することで担っていく」とも展望する。 企業が消費者の価値観に対応して商品や広告やブランドを創り、消費者からの歩み寄りを待つだけではなく、そのブランドに沿って、こんどは企業が業態を変え消費者に歩み寄るという時代が到来することをも予測しているわけである。
そもそも企業とは、社会の期待や消費者の欲求を実現するために生まれた組織である。低価格化や高品質だけが消費者が求める価値とは限らない。今日見られる「嫌消費」といわれる消費に対する否定的な反応や社会に役立つことを重視する消費スタイルは、既存の商品概念や既存の事業概念との乖離や限界を暗示しているようにも思える。ブランドを企業と消費者の共通の価値観として育成し絆を深めることが21世紀企業の命題であり、これからの企業ドメインや企業ブランドを構築するうえでの視座といえよう。

厳しい現実でブランド育成は後退気味

日経広告研究所が主要企業の広告担当者に毎年実施している「広告動態調査」によると、ここ数年の企業・商品ブランドに対する重視度の低下が著しい。2007年度と2009年度の重視度を比較すると、「企業イメージの向上と管理」は、58.3%から42.0%へ低下、同様に「商品ブランドの管理・育成」は、48.2%から31.7%へ、「企業ブランドの管理・育成」は、47.4%から31.7%へ低下している。一方、ブランド構築のための活動内容を見ると、「ブランド構築の視点からの広告制作や媒体戦略」が低下し、「長期的視点からのブランド管理」が上昇している。
厳しい企業経営が続くなかで、多くの企業では広告予算が削減されている。広告担当者は長期視点ではブランドを意識してはいるものの、当面の重視点は効率的な媒体計画や、販売に直結する活動に注がれている。単年度の収支確保に翻弄されている状況が見えてくる。アタリ氏が「莫大な経費を投じて」対応すべきだと説く「ブランド育成」が、いま、広告予算の中でも優先順位を落としている。

インターネット全盛時代の盲点は「記憶=ブランド」の軽視

 コミュニケーションの構造が変化する中で、ブランド強化に向けた盲点はないだろうか。消費者が企業から情報を受け購買に至るプロセスは、AIDMAからAISASに変化したといわれている(下図)。

AISASモデルでは、二つのS<search(検索)・share(情報共有)>が加わり、主体的な情報行動や買い物行動までが組み込まれた。しかし、AIDMAモデルに組み込まれていたD(欲望)とM(記憶)が外されている。
時代に合った「欲望」を満たすことは、変化する価値観に対応していくためにも、ますます必要なプロセスではなかろうか。そして「記憶」に留めてもらうことは、さらに大切なプロセスだ。インターネットの活用で多くの情報が閲覧できるようになり、あえて記憶に留めなくていい情報もあるが、記憶に残すべき情報も残りにくい環境になってきた。
IIJの鈴木幸一社長は、日経WEB版(8月24日)の経営者ブログ(タイトル:記憶なんていらない、グーグルがあるから)で、次のように述懐されている。
『日々、ウエッブへのアクセスに振り回されていると、あらゆる情報の収集に対して、斜め読みの習慣がつき、画面で読んだはずの情報は、ほとんどが、記憶に残らなくなってくる。』
『個人の記憶にとどめるという営為が消えて、個人が持つべきあらゆる記憶が、企業や自治体がクラウドコンピューティングを使うように、外部のどこかに置き放されたままで、何の痛痒(つうよう)も感じなくなってくるとしたら、ずいぶんと怖い話である。』
価値観を共有した深いブランド意識は、企業メッセージの行間や、自己体験を通じたイメージとしてしか消費者の記憶に留め置く方法はない。AISASは、インターネット社会を適切に反映したモデルといえるが、「記憶に残す活動」を欠いたコミュニケーション戦略は、インターネット時代における盲点といえだろう。
将来、企業の主要な資産となるべきブランドを育てるために、記憶の蓄積(企業ブランド・コミュニケーション)とその把握(ブランド評価、企業イメージの測定)は広告戦略としてだけではなく経営戦略としてしっかりと対応すべき課題である。

ブランドの記憶をどう創るか

 では、ブランドを介して企業が消費者の記憶に残すべき記憶とは何だろう。どうすればそれが確認できるだろうか。
 企業ブランドに対する意識の深層を調べる手法がある。当社が実施している「ブランド記憶喚起法」によれば次のような興味ある傾向(第一連想~第三連想)がうかがえる。

一般的に、人に情報負荷をかけると「それがどういうものであるかを確認する」→「相手が何であるかを確認する」→「自分中心にいろいろなものの位置関係を確認する」という順序で、思考が深化するという(「脳は『論語』が好きだった」篠浦伸禎著)。このような人の思考構造を踏襲するように、第一連想から第三連想に進むにしたがって連想内容は、企業実体→イメージ・評価→利用シーンや思い出・満足感・期待感、と深化した回答が増える。第三連想の内容を解釈すると、自分にとってブランドがどのような意味を持つのかといった連想が現れる。このような調査を利用すれば「企業と消費者を結ぶ共通の価値観」を確認する材料を得ることができる。

企業ブランドからの連想内容

2010年代は、文化的価値観の時代に

 これからの企業は、消費者との間に、どのような共通の価値観を築きあげていくべきだろうか。その前提として、人間の営みにおいて、企業の存在価値とは何だったのかを考えてみよう。
企業の存在価値を、「社会的価値」「技術的価値」「経営的価値」「文化的価値」の4つで説明する考え方がある(「『戦略広告』の時代」小林貞夫ほか著 日本経済新聞社)。日本経済の今日までの時代区分と対応させれば、生活基盤や生産量の拡充が求められた1960年代は、企業に「社会的価値」が求められ、品質の向上が求められた70年代は「技術的価値」が求められた。80年代は企業の事業領域が拡大しCIブームが起こるなど「技術的価値」と「文化的価値」が追求されていたように思う。そして、90年以降のこの20年間は、顧客満足の向上が重視され、収益改善が最優先された。企業には「経営的価値」が強く求められてきたといえる。
アタリ氏の指摘する2020年頃の企業観からは、企業組織やブランドが人々の生活や文化により深く組み込まれた社会が示されている。また、消費者との共感が重視される時代となれば、企業が提供する価値は、モノよりもサービス的で文化的な付加価値になるだろう。そこで、上記の価値区分でいえば、企業の「文化的価値」の時代の到来が予感される。
時あたかも日本企業が大きく海外に羽ばたき、国際ブランドとして海外企業と競合する時代である。国際的に技術力が平準化する中で、日本企業のブランド力は有力な差別化手段にもなる。ブランドを単なるネーミングに終わらせることなく、自社製品にしっかりとした価値観と好意を根付かせ、消費者の自己実現に合致した存在となるよう、企業の取り組みに期待したい。