高まる幸福度指標への期待
2011.02.23
中国が2010年の国内総生産(GDP)において日本を抜いて第2位になったことが話題になっている。GDPは国の経済の規模・成長を測るモノサシとして広く利用されているが、近年にわかに国民の幸福度を国の指標として作る考えが進行している。
GDPは、地球環境や人類の存続にマイナス要因となる経済活動までもが計上される一方で、社会文化活動などの金額で捕捉できない活動は含まれないなど、国民の求める価値とは一致しないという問題点を抱えている。そこで、人類の存続や国家の長期的な繁栄のための指標として検討されているのが幸福度指標である。
幸福度指標に対し先鞭をつけた国はブータンといわれる。ブータンの先代の国王、ジグメ・シンゲ・ワンチュク第四代国王が1976年にGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)といった哲理を国是としたことで国際的に知られるようになった(「幸福立国ブータン」大橋照枝著)。
ここ数年、地球環境問題が深刻度を増し現実的な脅威となったことにより、ブータンの提起したGNHという指標に関心がもたれるようになった。07年11月にはEU、OECDが中心になって「GDPを超えて会議」がベルギーで開催され、あらたな尺度の必要性が確認された。08年のリーマン・ショックは、世界の人々に物質的・金銭的な豊かさだけでは幸せはつかめないということを再認識させることとなり、この流れに弾みをつけた。
フランスのサルコジ大統領は2008年に「幸福度測定に関する委員会」を発足させ、09年9月、「フランスは経済発展の計測にGDPとは異なる<ハピネス(幸福)>を織り込んだ」と幸福度指数の作成を検討する報告書を発表した。この流れは欧州やカナダ、韓国などの同様な研究にひろがっている。
日本では、09年12月に民主党政権が「新成長戦略」をまとめ、そのなかで「生活者が本質的に求めているのは『幸福度』(well-being)の向上であり、それを支える経済・社会の活力である。こうした観点から、国民の『幸福度』を表す新たな指標を開発し、その向上に向けた取り組みを行う」と発表した。
10年5月パリで開かれた経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会では、日本が国民の「幸福度」を示す世界共通の指標作成を呼びかけ(10年5月28日日経電子版)、12年11月にインドで開く「幸福度に関するワールド・フォーラム」で各国が案を持ち寄ることになっているという(11年1月1日日経電子版)。
人間の幸福についてフランスの作家ナタリー・サロート(1900~1999年)は、「この幸福の探求は、目的に近づくかに思われるようになるにつれて、次第に目的から遠ざかるという特性をもっているということである」と語る。幸福感は、目標や希望との相対的な距離感でもあるがゆえに移ろいやすく、かつ、個人個人の価値観や国民性によりそのとらえ方も異なるため、「幸福度」を国の指標とすることには課題も多い。
最近の日本の政府統計で「国民の幸福度の追求」が提起されたのは、「国民生活白書」の08年版(以降休刊)である。この白書では、戦後の生活水準は上昇し、日本は世界有数の経済大国になったが、「物質的な豊かさとともに、国民は精神的にも豊かに、言い換えれば幸せになってきたのであろうか」と国民生活の向上に向けた新たな尺度の必要性を提起している。
10年度の「国民生活選好度調査」ではこの課題を正面から引き継ぎ、「幸福度をあらわす新たな指標の開発に向けた一歩として、国民が実感している幸福感・満足感の現状を把握する」ことを調査目的とした調査を実施している。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/senkoudo/h21/21senkou_03.pdf
このように幸福度は、既存の調査手法で属性別や国別の違いを統計量として把握することは可能であり、すでに国際比較の調査も行われている。
調査した幸福度が、今後どのようにして幸福指標として確立され、国民生活の向上や経済の継続的な成長に結びつけられるかがこれからの課題となる。
そこで持ち上がるのが、「多くの国で戦後の数10年間に国内総生産(GDP)が増え、生活水準が大幅に改善したのに、その間の国民の主観的幸福感の平均値はあまり変化していないという事実」(大阪大学教授 筒井義郎氏 日本経済新聞「幸福の経済学(3)~(8)」09年4月24日~5月1日)である。これは、経済成長が人々の幸せに結びついていないという「幸福のパラドックス」といわれる議論だが、興味深いのは同氏がその理由を「精神的な仮説」(①相対所得仮説=幸福感は絶対的な所得よりも、他人と比較した相対的な所得に依存する、②順応仮説=人間や動物は環境に慣れる性質がある)と「測定上の原因」に分けている点だ。氏は測定上の原因として、「一定の枠内で答えてもらった主観的な幸福度が、どんどん拡大する国内総生産とかい離するのは当然であろう」と指摘し、1つの方法論として「幸福度の水準ではなく、前期からの変化を質問することである」と提起する。
我々リサーチャーがたびたび経験することは、広告の効果測定やブランド調査を時系列で実施するとき、企業の広告投下実績や担当者の思いに反して、時系列の数値が期待以上に伸びないことだ。しかし、前年と比較してそのブランドのイメージや好意度の推移感を質問するとそれなりの上昇感を確認できる。幸福度の測定も、複合的な設問を用意し定性的な意識を定量化する仕組みが必要だ。
また、指標の作成に当たっては、上記の調査活動により国民の幸福感がどのような要因より生まれるか、たとえば治安、健康・寿命、教育、文化・市場外活動、所得・労働、環境などを客観指標として用意し、幸福感に与える影響度合いに従って、優先施策に向けたウエート付けが行われる仕組みが必要だろう。
このような方法に従えば、幸福度を高める施策は、幸福度の水準や影響要因により変化し、時代や地域や国が異なることにより異なる政策が提起されるはずである。
幸福度指標の検討は、国民の意識や価値観にもとづいて経済や社会を見直すチャンスとなる。
「世界価値観調査」の幸福度の国際比較(05年前後)によると、日本のランクは57ヶ国中24位となる。世界一の長寿国、一人当たりの所得は17位という国にもかかわらず、日本の幸福度は低い位置にある。日本人が豊かさを求めてきたなかで忘れられた価値観はないだろうか。
そのような視点で近年の生活意識の推移を振り返ると、日本人の幸福度の低さは、豊かさを「得ること(享受すること)」だけでは満たされず、みずから社会や周囲の人に「与える」ないしは「分かち合う」ことを求める時代になったことが背景にあるのではないかという考えに至る。
この意識が顕著に示された調査がある。内閣府で実施した「社会意識に関する世論調査」によると、今日の消費者は「個人の利益よりも国民全体の利益を大切にすべきだ」という人の割合が05年以降急増し、国民の過半数を超えた。別の調査では、自分の行動で社会が変わると思う人が6割近くを示す結果もある(「国民生活選好度調査」08年)。自己利益だけでは社会を良くできないという意識が高まり、社会的な参加意識が生活者に醸成されている。
そこで幸福度指標の設計に当たり配慮すべきことは、国や自治体・企業などの組織が一方的に与え、国民や消費者が一方的に享受するという社会構造の見直しではなかろうか。国民や消費者が、与えかつ享受できる主体的な関係性を社会に築ければ幸福感は高まる。
たとえば、幸福度を地域の指標として使うことにより、次のような展開案が描ける。
国家予算が逼迫し、今後さらに高齢化により高齢者向けの福祉・健康予算が増大する。このままでは国や地方自治体の財政は破綻しかねない。そこで、地方自治体が幸福度の向上策として地域住民に社会活動への参加を積極的に勧め、今まで費用化していた地域福祉活動の経費を抑える。これは地域住民にとっては生きがい(幸福)の創出、自治体にとっては維持経費の削減という一挙両得の効果が期待できる。幸福度指標の導入は、歳入歳出を中心とする自治から動機づけや生きがいに基づく自治を目指すきっかけとなる。
幸福度指標の導入は単なる測定手法の導入ではなく、国民や為政者が持続可能な社会に向け自らの意識と行動を振り返る指標でなくてはならないと思う。
専務執行役員 花上雅男