株式会社日経リサーチ

【コラム】“ブランド力”で経済危機を乗り越える<寄稿>

横浜国大 鶴見准教授・山岡教授

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 日経リサーチが実施した「ブランド戦略サーベイ」および日本経済新聞社、日経HR、日経リサーチの3社が共同で実施した「働きやすい会社」調査の2003年~2012年の調査と時価総額の10年分のデータを基に、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院の鶴見裕之准教授および山岡徹教授にコラムを寄稿していただきました。
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 今からさかのぼること6年前。2008年9月、世界最大規模の投資銀行であったリーマン・ブラザーズが約64兆円という史上最大の負債総額により倒産した。その倒産を引き金とする金融危機と、それに伴う経済危機は“リーマン・ショック”と呼ばれる。日本も世界的な経済危機に巻き込まれ、多くの企業の業績が大きく悪化する結果となった。
 経済危機はいつの日か再び、必ずやってくる。100年に1度と呼ばれるリーマン・ショック・クラスの経済危機が頻発することは無いだろうが、その規模に次ぐクラスの世界的な経済危機はいつ起きてもおかしくない。そして、その経済危機が起きたとき、日本経済が無縁でいられることは無いだろう。この事実を前に我々は何をなすべきであろうか。

 経済危機と似た性格を持つものに「天災」があるだろう。天災も経済危機も繰り返し起こるものであるが、双方とも我々はその発生を防ぐことは出来ない。その天災に関する有名な格言に寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉がある。次に天災が起きたときに受ける被害を最小限にするよう、日頃から天災の存在を忘れず、備えを怠らないことに対する戒めの言葉である。
 そして、経済危機もいつの日か必ず起こる。天災と同様に、我が国の企業も経済危機のことを忘れずに日頃から備えを怠らない様にする必要がある。では、どのような備えをなすべきか?様々な備え方があるだろうが、本コラムではリーマン・ショック時に起きたことをデータにより振り返り、そこから得られた教訓から、“あるべき備え方“の1つを導き出したい。

 当時を振り返るにあたり日経リサーチから提供頂いたデータを分析した (注1)。下の図は上場企業のうち93社分のリーマン・ショック前後の時価総額推移をパターン分類したものである。
 この分析の概要は下記の通りである。
 まず、リーマン・ショック前後の動向を単純化するため、社会的イベントに対応する5つの年度末の時価総額を93社分について抽出した。年度と対応するイベントは下記の通りである。
2004年度:データ初年度
2007年度:リーマン・ショック前
2008年度:リーマン・ショック発生
2010年度:リーマン・ショック後
2011年度:東日本大震災発生

 そして、前のイベントからの業績変化を捉えるため、対象年度の前のイベントに対応する年度の業績を1としたときの業績を指標化した(たとえば、2007年度の指標は「2007年度時価総額/2004年度時価総額」となる)。クラスター分析と呼ばれる分析手法を活用し、その指標が似た経緯を歩んだ企業をクラスターに分類した。クラスター分析とは似た指標を持つ対象をクラスター(つまりはグループ)にまとめる分析手法である。結果、93社中81社(全体の87%)が3つのクラスターに分類され、それ以外の12社(全体の13%)の企業は特殊な歩みをたどった会社と思われるため対象からは除いた。この分析対象の3クラスターの指標の平均値を集計したものが次の図表1である。

図表1
 また参考のため、2004年を1と固定したグラフも併せて掲載する。

図表2
 対象となる3つのクラスターはその推移から判断して次の様に命名した。図中のクラスター5は「V字回復」クラスター(23企業:全体の25%)、クラスター6は「回復中」クラスター(27企業:全体の29%)、クラスター7は「低空飛行」クラスター(31企業:全体の33%)とした。

 はじめに最も構成比の大きい「低空飛行」について触れておきたい。当該クラスターに属する企業は、いずれも業界で確固たる地位を築いている企業であるが、リーマン・ショック以前から時価総額が下降している。そして、注目したいのはリーマン・ショック時に時価総額が大きく変動していない点である。時価総額の上昇傾向がないのは大きな課題ではあるが、リーマン・ショック時に“低空”を飛んでいたがために“上空”における突風の影響を受けなかった企業ともいえる。これ以上の下げ幅がないような状態であったがために、経済危機の影響を受けなかった企業群といえるが、経済危機への備え方として、時価総額の低下を企業の目標にすることは企業のあり方としてあり得ないので当該クラスター以外から教訓を抽出する。

 次に「V字回復」「回復中」に着目する。双方ともリーマン・ショック前は時価総額を向上させており、リーマン・ショック時に大きく時価総額を下げている。しかし、ショック後の回復については差が付いている。この点に注目したい。
 天災と同様に経済危機の影響を受ける事態は上述の「低空飛行」の様な企業を除けば、多くの企業にとって避けることは出来ない。しかし、その影響を最小限にし、早期に回復した企業とその影響を引きずっている企業がある。その双方にはどのような違いがあったのだろうか?その違いから経済危機を乗り切る“備え方”を導きたい。

 「V字回復」クラスターと「回復中」クラスターの違いに経済危機を乗り切るヒントが潜んでいると考えて、差異を探索した結果、双方におけるブランド指標に差異があることが明らかになった。

図表3

 図表3はクラスター毎のブランド総合PQの推移を示したものである。ブランド総合PQ(知覚指数=Perception Quotient)とは、日経リサーチが継続的に実施している「ブランド戦略サーベイ」における企業ブランドの総合的評価指標である。全ての時点において「V字回復」クラスターのブランド総合PQが、「回復中」クラスターを全期間で上回っている。つまり、リーマン・ショック以前、ならびにショック時、ショック後、いずれにおいてもブランド力を高く保っている企業は、早期にリーマン・ショックの影響から脱することに成功した企業といえる。

 以上の内容から次の様に経済危機への備えについてまとめておきたい。

●経済危機の影響から早期に回復する企業は、そうでない企業に比べてブランド力が強い。やがて来る経済危機への備えとして、企業は常にブランド力の向上を目指すべきである。

●ブランド力向上の度合いを計るために、継続的なブランド力の測定が必要である。過去の自社、ならびに競合他社との比較を怠ってはいけない。

注1分析に使用したデータは、日経リサーチが実施した「ブランド戦略サーベイ」および日本経済新聞社、日経HR、日経リサーチの3社が共同で実施した「働きやすい会社」調査の2003年~2012年の調査と時価総額の10年分のデータである。本コラムで対象にする93社は「働きやすい会社」調査に10年分データが存在する企業のうち、上場企業を抽出したものである。従って、上記のコラムの内容は大手の上場企業を対象にした内容として読んで頂きたい。

(横浜国立大学 鶴見 裕之、山岡 徹)

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鶴見 裕之 (つるみ ひろゆき)
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授
<経歴>
1978年生まれ
2000年3月 立教大学社会学部卒業
2004年10月 財団法人流通経済研究所入所
2007年9月 立教大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了(博士(社会学))
2010年4月より現職
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山岡 徹(やまおか とおる)
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 教授
<経歴>
1971年生まれ
1995年3月 京都大学経済学部卒業
1995年4月 東海旅客鉄道(株)入社
2003年10月 横浜国立大学経営学部専任講師
2007年5月 博士(経済学・京都大学)
2014年4月より現職
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