株式会社日経リサーチ

企業ブランドイメージと広告費、財務指標の関連は?

「ブランド戦略サーベイ」データを利用した研究
慶應義塾大学経済学部教授 星野 崇宏
 企業のブランド価値が重要というのは消費者として、あるいはBtoBの取引をする際にも実感されるとは思うのですが、「どれくらい大事なのか示せ」「ブランド価値を高めるためにどのような施策を行ったらよいか示せ」「施策やモニタリングのROIを出せ」と言われるとなかなか一筋縄ではいきません。

 実証会計学の世界などでは、これまでも企業の株価から算定される時価総額と簿価ベースの純資産総額の残差を考えるアプローチや、ブランドがもたらす価格プレミアムによって得られる超過利益を考えるアプローチの研究は行われてきましたが、そこで計算されたブランド価値はただの金額であり、結果でしかありません。「自社より競合企業の方がブランド価値が高い」とわかっても、それだけでは先ほどの問いには答えられません。高いブランド価値が消費者やビジネスパーソンにとってどういう要素から成り立っているのか、さらにはどのようなアクションをとれば自社のブランド価値が向上するのかを知るためには、消費者やビジネスパーソンに対する調査を行う必要があります。

 海外では、長期間のブランドイメージ調査と財務指標の関係について様々な研究が行われていますが、国内ではまだそのような研究はほとんどありません。そこで我々は今回、日経リサーチ社にご提供頂いた「ブランド戦略サーベイ」のデータと、日経広告研究所にご提供頂いた広告宣伝費や成長性指標・収益性指標を含む財務諸表上の会計指標との具体的な関連性を検討しました。
ブランドイメージと財務指標の双方向の関係
 米国では1980年代にM&Aが頻繁に行われ、ブランド価値の測定が研究されるようになりました。Aaker (1991)はブランド資産の要素として、(1) ブランドの消費者への知名度を示す「ブランド知名」、(2)ブランドに結び付く消費者のイメージを示す「ブランド連想」、(3)ブランドの品質に関する消費者の評価を示す「知覚品質」、(4)消費者のブランドに対する忠誠度を示す「ブランド・ロイヤルティ」、 (5)特許や商標権を含む「その他所有権のあるブランド資産」、の5つがあるとしており、これらがブランド資産の要素とされています。特に、ブランドイメージがROAや売上高成長率に与える影響としては、上記のうち「知覚品質」が価格プレミアム効果をもたらし、「ブランド・ロイヤルティ」がロイヤルティ効果をもたらすと考えられます(図表1の①の影響)。逆に、ROAが高くなったり、企業の売り上げが伸びて、消費者やビジネスパーソンが日常生活や報道、取引などでその企業に接したりするほどブランドイメージが向上する、という影響もあります(図表1の②の影響)。つまり、ブランドイメージと財務指標には双方向の影響があり、特定の時点だけ切り取ってみると、「規模が大きく財務指標がよい企業がブランドイメージがよい」というありきたりの結果になってしまいます。
図表1 本研究の全体像
本研究の全体像
データと解析方法
 そこで、ブランド戦略サーベイおよび財務指標などについての11年分のデータ(平均して年330社ほど)を用いて、ブランド価値が財務指標に与える影響と財務指標がブランド価値に与える影響はどちらが強いか解析しました。ブランド戦略サーベイは各ブランド(企業)に関して認知度や理解度、購入・利用経験など多岐にわたる項目を調査しており、これら調査項目の得点を統合したブランド総合PQ(perception quotient:知覚指数)の算定が行われているため、本研究ではこれを利用しました。

 このブランド価値のデータと、日経広告研究所から入手した財務指標や広告宣伝費のデータを企業コードによって結び付けたデータセットを解析に用いました。

 分析方法ですが、ブランドイメージと財務指標の双方向的な因果関係を表現するために、今回はベクトル自己回帰モデルを利用しました。具体的には

t時点の財務指標
 =t-1時点の財務指標による影響+t-1時点のブランド総合PQによる影響+t時点とt-1時点の広告費の影響+t時点の総資産額の効果+t時点固有の効果+業種固有の効果+誤差

および

t時点のブランド総合PQ
 =t-1時点のブランド総合PQによる影響+t-1時点の財務指標による影響+t時点とt-1時点の広告費の影響+t時点の総資産額の効果+t時点固有の効果+業種固有の効果+誤差

 というモデル式を考えます。これによって「グレンジャーの意味での因果関係」、つまり前の期にどれだけブランドPQが高かったかが次の期の財務指標の伸びに影響を与えるか、同様に前の期にどれだけ財務指標が良かったかが次の期のブランドPQの伸びに影響したか、がわかります。今回は財務指標としてROA(総資産利益率)と売上高成長率の2つについて調べました。
結果と議論
 図表2の上は財務指標としてROAを用いた場合で、ブランドPQがROAに与える影響の大きさは0.037、反対にROAがブランドPQに与える影響の大きさは0.004となっています。つまり、ブランドPQの上昇は翌期のROAの改善をもたらすが、ROAの改善が翌期のブランドPQの上昇に与える影響はわずかである(前者と比べて、0.004/0.037≒0.1[倍])、ということが分かります。同様に図表2の下段は、ブランドPQと売上高成長率の関係を示しており、ブランドPQが売上高成長率に与える影響の大きさは0.095、反対に売上高成長率がブランドPQに与える影響の大きさは0.001となっています。つまり、ブランドPQの上昇は翌期の売上高成長率の改善をもたらすが、売上高成長率の改善は翌期のブランドPQの上昇にはほとんど影響を与えない、ということです。

 これらの結果からわかることを考察すると、まず、ブランド価値の上昇は、企業の売上高の上昇に大きく寄与するようです。ROAの分子である当期純利益は、売上高から費用を除いたものですので、ブランド価値の改善がROAに与える影響としては売上高成長率よりも低くなります(0.037/0.095≒0.4[倍])。また、これらの財務指標の改善により、翌期以降の広告宣伝費や研究開発費の予算が拡充されれば、財務指標が知覚品質やブランド・ロイヤルティといったブランド価値を上昇させうることが示唆されますが、その影響は逆方向の因果と比べてかなり小さく、上述のように10分の1程度のようです。
図表2 ブランド価値と財務指標の因果関係
ブランド価値と財務指標の因果関係
 また、広告宣伝費の影響についてはこれまでの研究でも知られているような「摩耗効果」(Bass et al., 2007; 過剰に広告・宣伝活動を行うことによる、効果の減衰や逆効果)が見られるようです。これは図表3のように特定のレベルまでは広告の効果は増大していくが(放物線の左側)、放物線の頂点を境に効果が減衰していく(放物線の右側)というような傾向のことで、今回の分析では売上高の5.6%程度の広告宣伝費を投入することが、ROAを最大化するという結果が出ました。
図表3 広告効果の摩耗
広告効果の摩耗
 今回の分析からは、財務指標の改善がブランド価値の向上に与える影響よりも、ブランド価値の向上が財務指標の改善に与える影響の方がかなり大きいことが示唆されます。これで、最初の問いである「ブランド価値とそこへの投資やモニタリングが(どの程度)重要でどの程度の効果があるか」についてはわかりました。ただ、本研究は一般的な傾向を示したもので、「具体的にどのような施策を行えばよいか」は業種や企業規模によって異なるものであり、ブランド戦略サーベイデータなどを活用して自社の問題点の抽出や効果の高い施策の探索に臨まれるのがよいでしょう。

 なお、本研究は慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程・日本学術振興会特別研究員の加藤諒さんとの共同研究です(より詳細には加藤・星野(2017)を参照ください)。

<参考文献>
Aaker, D. A. (1991), Managing brand equity. Capitalizing on the value of a brand name, Free Press, New York.
Arora, S. and Chaudhary, N. (2016), “Impact of brand value on financial performance of banks: an empirical study on Indian banks”, Universal Journal of Industrial and Business Management, 4(3), pp. 88-96.
Bass, F. M., Bruce, N., Majumdar, S., and Murthi, B. P. S. (2007), “Wearout effects of different advertising themes: A dynamic Bayesian model of the advertising-sales relationship”, Marketing Science, 26(2), pp. 179-195.
Eng, L. L., and Keh, H. T. (2007), “The effects of advertising and brand value on future operating and market performance”, Journal of Advertising, 36(4), pp. 91-100.
Granger, C. W. J. (1969), “Investigating causal relations by cross-spectrum methods”. Econometrica, 39(3), pp. 424-438.
Kotler, P., and Armstrong, G. (2013), Principles of marketing: 15 edition, Pearson Education Limited, London.
Mizik, N. (2014), “Assessing the total financial performance impact of brand equity with limited time-series data”, Journal of Marketing Research, 51(6), pp. 691-706.
Mizik, N., and Jacobson, R. (2008), “The financial value impact of perceptual brand attributes”, Journal of Marketing Research, 45(1), pp. 15-32.
Naik, P. A. (1999), “Estimating the Half-life of Advertisements”, Marketing Letters, 10(4), pp. 345-356.
Stekhoven, D. J., and Bühlmann, P, (2012), “MissForest—non-parametric missing value imputation for mixed-type data”, Bioinformatics, 28(1), pp. 112-118.
Tybout, A. M., and Calkins, T. (2005), Kellogg on Branding: The Marketing Faculty of The Kellogg School of Management, John Wiley & Sons, Inc., New Jersey.
Aaker, D. A. (2014), Aaker on branding: 20 Principles That Drive Success, Morgan James Publishing, New York. (阿久津聡(訳) (2014), 『ブランド論:無形の差別化を作る20の基本原則』, ダイヤモンド社.)
阿久津聡 (2002), 『ブランド戦略シナリオ』, ダイヤモンド社.
伊藤邦雄 (2000), 『コーポレートブランド経営』, 日本経済新聞出版社.
宮崎慧、星野崇宏 (2013), 「階層ベイズ動的モデルによるブランドスイッチングの分析:グレンジャー因果性検定の利用」, 『マーケティング・サイエンス』, 21(1), pp. 11-35.


『日経広告研究所報』294号より抄録

星野崇宏(ほしの・たかひろ)

1975年生まれ。2004年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)・博士(経済学)。情報・システム研究機構統計数理研究所、東京大学教養学部を経て、08年名古屋大学大学院経済学研究科准教授。15年から現職。[著書]『調査観察データの統計科学』(岩波書店)。
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