株式会社日経リサーチ
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CX―― 真の“顧客視点”で捉えるサービスとは

はじめに
上出篤
 CX(カスタマーエクスペリエンス)という言葉は今やすっかり一般的に浸透して、むしろ近頃では少し使い古した印象すら受けるようになってきました。
 日経リサーチでもCXについて様々なご相談を受けたり、ご支援をさせていただいたりしていますが、成熟した既存市場を相手にした事業を持つ企業にとっては、取り組むこと自体が非常に難しい課題であるようです。他方、新規参入組やスタートアップ企業は最初からCXの視点に基づいた設計で事業に臨めるので、その観点からいえばとてもやりやすいのではないでしょうか。
 CXと並んで、購入プロセスの全体像をつかむためのカスタマージャーニーの作成や指標(KPI)の設定、NPS®のモニタリングなどの取り組みも、CXと合わせて取り沙汰されることが多いように感じます。ただ、本質的に事業設計は現状の在り方を見直し、業務フローの再構築や組織再編といった大掛かりな変革を伴うものです。従って、前述の通り、既存事業においてCXの導入は非常に難しい課題で、悩ましい論点(イシュー)です。

 本稿ではそんなCXについてデジタライゼーションを絡めて、改めて整理したいと思います。整理するに当たり、今春訪れた米国で実際に見て、使って、観察した企業やそのサービスを事例として、真の“顧客視点”でのCX設計を考えるポイントを捉えてみます。難しい・悩ましい課題ではありますが、単純な話に置き換えてみることで、少しでも考え方のヒントになれば幸いです。
急速に普及するGrab & Go(グラブ・エン・ゴー)とその背景
 ニューヨーカーにとって朝の一大事といえば、出勤前のコーヒーとサンドイッチをどこでストレスなく確実に手にしてオフィスに行けるか、ということにほぼ尽きるようです。
 ニューヨーカーに限らず、米国の都市部で会社に勤務するいわゆるホワイトカラーたちは、どんなカンファレンスでも「無料のコーヒーが提供されるか?」が必ず議題のひとつに上る(そしてその答えは「YES」以外にありえないわけですが)ほど、コーヒー中毒者ばかりです。
 そんなわけで、コーヒーとサンドイッチを自分好みのカスタマイズも含めてオンラインで予約注文すれば、オフィスに行く途中、指定の時間に店輔で用意された商品をピックアップできる、というサービスが出現したのは、世の必然と言えるでしょう。

 例えば、ニューヨークで見かけたPanera Breadというベーカリーカフェのチェーンでは、来店前にアプリやオンラインサイトで並ばずに注文を済ませることができ、支払いもクレジットカードで事前決済が可能。店輔では注文番号を提示するだけで、アッという間にGrab & Goできます(ただし、このサービスは利用者がかなり多いようで、私の場合はアッという間、というわけにはいきませんでした)。
 予約を忘れた客も、店輔内に設置されたタブレット端末を使って、アプリやサイトと同じように注文や決済ができます。もちろん、普通に店員に注文したければ、カウンターへ。現金払いもOKです。でも、カスタマイズであれこれ悩んでしまう人や、海外から来た旅行者で店員との会話や小銭の取り扱いに慣れていなかったら、カウンターではなく、迷わずオンラインサービスを選んでしまうでしょう。
 しかも、1回利用したら、注文履歴が保存されるので、面倒なカスタマイズも2回目以降はボタンひとつで簡単にオーダーできます。これだけ楽ちんだと、毎日のルーティーンのように、離れられなくなってしまいそうです。
 もっともこのチェーン店の最大の魅力は便利さではなく、月並みですがコーヒーやサンドイッチといったメニューの美味しさのように感じました。そもそも商品に魅力がなければ、快適な体験も機能しないのではないでしょうか。
いそがしい朝にコーヒーとサンドウィッチを受け取る理想的な方法
 テキサス州オースティンで見つけたのは、学生発のスタートアップ企業でRanch Handというキッチンカーを使った移動販売(屋台)です。地産地消の食材を使って学生に健康的な食生活を提供するというコンセプトで人気を集めています。こちらもオンラインで事前に注文と決済を済ませ、指定した時間・場所に商品を受け取りに行く、というシステムで、トラックの場所はオンライン上にリアルタイムで表示されます。店舗を持たない、移動販売という形態のデメリットを逆手に取り、機動性を武器にしつつも、まずその土台に据えているのは安全・安心・健康に配慮した食材を使った魅力ある商品です。リアルな商売においてITが自然に軽やかに高度に実装・活用されていて、その企業姿勢に非常に感銘を受けました。
利便性は掛け声倒れ?ユーザー負担が減らないサービス
 CXは難しいという事例もご紹介しましょう。米小売り大手、Walmartの2つのサービスについてです。

 米国の小売り業界は、既存勢力がAmazon.comをはじめとするECの勢いに押され、苦戦を強いられています。最近も玩具大手のToys "R" Usの米国事業が破たんに追い込まれました。Amazonなどは逆にリアル店舗に進出し、既存の小売店を更に脅かしています。健康・オーガニック志向などの消費者ニーズに応えるTrader’s Joeなどのお店も人気です。そんな中、Walmartが打ち出したのがPickupとScan & Goというサービスでした。

 Pickupはオンラインで商品を注文すると店員が買い物を代行してくれ、一定時間以降に店舗でピックアップできるサービスで、店員は車への積み込みまでやってくれます。まるでECのリアル店舗版のようで、スーパーの中をぐるぐる回って無駄に消費する時間を削減できるという消費者メリットはあるのですが、ちょっとした落とし穴もありました。

 Pickupは通常のレジとは別の専用カウンターで、スタッフに注文情報を提示して商品を受け取るのですが、カウンターにスタッフがいないとオペレーションが完結しないのです。実際、とある店舗でPickupのカウンターに来た客がいくら呼び鈴を鳴らしても、近くの店員に言っても、スタッフがいっこうに現れず、途方に暮れている状況を見かけました。その後、スタッフが現れたのですが、客が受け取り時間を勘違いしていたのか、まだ注文した買い物が完了しておらず、商品が揃っていませんでした。
WalmartのPickup
 一方、Scan & Goは専用アプリをダウンロードすると、店舗で買い物をしている最中に商品のバーコードを自分でスキャンしてカード決済でき、レジを通らずに済むというサービスです。私は3月に現地で利用したのですが、5月には中止になりました。試験的に導入されたサービスでしたが、導入店舗を全米100以上に拡大すると発表してからわずか4カ月後のことでした。実は、当時、利用してみて感じたことが3点あります。

① 従来、店員がやっていたこと(レジ打ち)を客である自分がやらされているネガティブな印象(特に、一度スキャンした商品を気が変わって買うのを止めたい時、カートから棚に戻すだけでなく、アプリ上でも操作が必要。大変面倒で作業感が強い)
② お酒の購入には身分証の提示が必要なので、結局レジへ行かねばならず、二度手間
③ 店から出る際、担当スタッフにレシートと商品袋の中身を見せるので、客が集中すると出口が長蛇の列に

 事実、サービスを中止した理由について、Walmartは「思った以上にアプリの利用者が少なかった」ことを挙げています。利便性が向上するはずのサービスなのに、結局、人を介在しないといけないなど、意外と面倒臭いことが敬遠されたのかも知れません。単に利便性向上や買い物時間の短縮というプラスの側面だけを強調しても、肝心な消費者の心理や行動を揺り動かすような仕組みがないと、結局受け入れられないような気がします。
WalmartのScan & Go
小売りから広がるCX 情報の流れで人の心理・行動も誘導?
 ここまで小売りの事例をご紹介しましたが、その他ビジネスからエンターテインメントまで、ありとあらゆるリアルな場でCXは共通だと言えます。例えば、米国では様々なイベントでアプリやIoTが当たり前になっているように感じました。

 テキサス州オースティンで毎年春に開催される、芸術と科学技術の一大祭典「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」では、入場者が端末にダウンロードしたアプリとスタッフの入場管理端末、デジタルサイネージの案内板、会場内のWi-Fi網、そして肝心のイベントが見事に連携していました。アプリが基幹プラットフォームとして、広大な会場(街がまるごと)内で、どのセッションが混雑しているか・すでに満員かといったリアルタイムの情報提供や、おすすめのイベント、その場所と地図、登壇者への質問、ネットワーキング、イベントに関する意見・要望・アンケート等々、必要な情報のやり取りだけでなく、実際の行動もすべてオンライン上で管理し、さらなる活用方法として、タイムリーに情報発信することで、恐らく入場者の心理と行動まである程度、誘導することに成功しているように感じました。
イベントの管理と活性化
最後にCX設計を考えるポイントを3つにまとめてみました。
  1. 利用する顧客にとって価値のない無駄な作業・時間は、洗い出して最小限に。利用者に負担感のあるサービスフローは習慣化されない
  2. 商品の魅力を忘れることなかれ。よい商品があってこそ、よいオペレーション・よい接遇などサービス全体が生きてくる
  3. CXの最終目的は体験価値の向上にある。そのためには行動が促進され、多様で複雑なネットワークが形成され、思わず他者と体験を共有したくなる仕掛けづくりが重要
(経営企画室 新規事業開発担当 担当部長 上出 篤)
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