株式会社日経リサーチ

高齢者はなぜ詐欺被害者になりやすいのか:
「自信過剰」という心理的バイアス

慶應義塾大学経済研究所
ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター
荒木宏子
高齢者に偏る金融資産と詐欺被害
 旧知の通り、日本は世界で最も少子高齢化の進んだ国です。2018年9月の日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口割合)は28.1%であり(世界1位)、今後しばらくは増加し続けることが予測されています*1。また、65歳以上世帯の保有する貯蓄残高は日本の総世帯の貯蓄残高の1/3を占める*2と推計され、金融資産の世代間の偏りは人口よりもさらに深刻であると言えます。
 このような状況の中、高齢者の資産を狙う悪質商法や詐欺被害が後を絶ちません。とりわけ高齢者に被害の多い振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺の総称)は過去10年に渡り継続的な増加傾向にあり(図1)、2017年の認知件数のうち、78.1%の被害者は65歳以上となっています。(警察庁(2018)「平成30年における特殊詐欺認知・検挙状況等について」)
図1 振り込め詐欺手口別認知件数の推移

出所:警察庁(2018)「平成30年における特殊詐欺認知・検挙状況等について」
https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/furikomesagi_toukei2018.pdf
 もっとも、オレオレ詐欺などの被害が高齢女性に集中しているのは、在宅時間が長く独居割合も高いため、自ら電話等の応対をする頻度が高いといった生活パターンもその要因の1つでしょう。振り込め詐欺の中でも融資保証金詐欺の被害は経営者が多い40、50代男性に目立ち、架空請求詐欺については幅広い年齢層が被害にあっていることからも、「誰しもが詐欺の被害者となりうる」という認識を持つことは重要です。ただし、高齢者の詐欺に対する脆弱性には、上記のような生活スタイル以外にも、加齢に関わる特徴的な心理や行動が関係していることが、行動経済学、心理学など様々な分野の研究から明らかになってきています。今回は、そのうちの1つである「自信過剰バイアス」に着目してみます。(表1)
表1 振り込め詐欺年齢別認知件数(平成29年1月~12月)
年齢 オレオレ詐欺 架空請求詐欺 融資保証金詐欺 還付金等詐欺
男(%) 女(%) 男(%) 女(%) 男(%) 女(%) 男(%) 女(%)
19歳以下 0.0 0.0 0.6 0.8 0.0 0.0 0.0 0.0
20~29歳以下 0.0 0.0 5.4 6.8 6.0 3.4 0.0 0.0
30~39歳以下 0.0 0.1 4.1 6.2 6.8 7.4 0.0 0.1
40~49歳以下 0.0 0.2 6.5 8.9 13.8 8.8 0.1 0.6
50~59歳以下 0.3 1.3 8.8 10.1 18.4 5.6 0.2 1.0
60~69歳以下 1.1 6.8 9.6 10.6 15.6 2.2 5.5 17.8
70歳以上 12.5 77.6 6.4 15.3 9.6 2.4 23.8 50.9
合計 13.9 86.1 41.3 58.7 70.2 29.8 29.6 70.4
出所:図1と同
高齢者の過信(自信過剰)と詐欺被害
 2016年に内閣府の行った「特殊詐欺に関する世論調査」によれば、「自分は(特殊詐欺の)被害にあわないと思う」と答えた人の割合は年齢を重ねるごとに高くなり、実際の被害の分布と逆の傾向を示していることが分かります(図2)。次に、自分は被害にあわないと思う理由を聞いたところ、回答者の約半数が「だまされない自信がある」と回答しており、この傾向は男性(51.7%)が女性(41.4%)より強く、高齢になるほど強まることも明らかになりました(30代:40.5%、60代:50.2%、70歳以上:50.6%)。同様に、警視庁が2012年に振り込め詐欺の高齢被害者に行った調査においても、回答した被害者の92%は「自分は大丈夫だと思った」「考えたこともなかった」と回答しています*3。 行動経済学では、この「自分はだまされない」といった、自分自身の能力や性格に対する過度な楽観を「自信過剰(バイアス)」と呼びます。楽観主義は、とりわけ自分の力では制御できない外的な問題に対しては、自尊心や心の健康の向上に役立つ面もあるでしょう。しかし、投資などの金融行動をはじめ、生活上の重要な判断を求められる局面においては大きな危険の原因*4となり得ます。詐欺についても同様であり、自信過剰は被害防止や予防策への無関心の要因となります。
図2 年齢別の特殊詐欺に対する意識

出所:内閣府(2016)「特殊詐欺に関する世論調査」
高齢者の自信に関わる心理的特徴
 では、高齢者が自身の金融行動や判断にどの程度の自信を持っているのか、日経リサーチが60歳以上の高齢者を対象に金融意識や投資行動などについて聴取したシニア調査「GRAND100®」を用いて確認してみましょう。まず、回答者(1287人)のうち14.8%*5が、「金融商品の購入タイミングについて、経済動向等をにらんだ上で判断できる方だ」という質問に対し、「はい」「どちらかといえばはい」と回答しています。この、自身の投資判断に自信を持っている人の割合は、女性(4.8%)より男性(21.1%)が圧倒的に高く、また「はい」と回答した強い自信を持つ人の割合は75歳を超えるとぐっと高まります(70歳~74歳:1.7%、75歳~79歳:3.4%、80歳以上:3.9%)。ただし、この「投資判断への自信」が自己の投資能力の適正な評価によるものか、自信過剰によるものかはこれだけでは判断ができません。そこで、3月20日掲載のコラムでも取り上げた「金融リテラシー」に関わる問題の回答結果と照らしてみましょう。
 「GRAND100®」調査には、分散投資、インフレーション、複利計算といった金融リテラシーを測定する4つの質問があり、「はい」「いいえ」「わからない」の選択肢から回答を選ぶようになっています。投資判断に自信があると回答した人の4問の平均正答率は71.6%で、それ以外の人の41.0%を大きく上回っており、多くの人にとって金融知識は投資判断への自信の根拠となっている様子が伺えます。その一方で、不正解であった人の選択肢の選び方に注目すると、興味深い事実が浮かび上がってきます。「わからない」ではなく誤った選択肢を選んで不正解になった人*6はすべて、自分の投資判断に自信があると回答したグループでした(表2)。投資判断に自信がある人の内、およそ1/3が誤った選択を行っていることからも、自信過剰は、自己の能力に対するいわば健全な疑いの余地を排除してしまう危険性をはらんでいると言えます。また、誤った選択肢を選んで不正解になる人の割合は、年齢を重ねるほど高くなることも分かりました。
表2 投資判断への自信と誤った判断との関係
金融商品の購入タイミングについて経済動向等をにらんだ上で判断できる方だ
  はい どちらかと
いえばはい
どちらとも
いえない
どちらかと
いえばいいえ
いいえ 合計
「不正解」選択肢を選んだ 10 58 0 0 0 68
「正解」または「わからない」 20 102 471 240 379 1212
合計 30 160 471 471 379 1280
出所:弊社シニア調査「GRAND100®」より筆者作成
「GRAND100®」は高齢者の金融意識や貯蓄・投資行動の実態を調査。
首都圏にて訪問留置・郵送調査を実施した信頼性の高い調査。
地域社会の役割
 「GRAND100®」調査の回答者のうち、97.3%の人が、資産を最も把握しているのは自身またはその配偶者であると回答しています。資産運用や管理を専門家に委託したい人(14.9%)、じっくり人と相談したいと考える人(20.9%)はいまだ少数派です。個人差は大きいものの、平均的に加齢とともに認知機能が低下する中で、高齢者は自身の資産を適切に管理するための重要な判断に孤軍奮闘しているものと思われます。
 高齢者とその資産を悪質な詐欺被害から守るには、地域社会からの孤立を防ぐことが重要です。高齢者を狙う特殊詐欺の手口は、行政が整備する法制度や警察等の活動の網の目をくぐるように目まぐるしく変化を続けており、被害者の不注意を容易に非難することはできません。また、そのような視点は高齢者の自尊心を傷つけ、さらに孤立を深める一因となり得ます。地域社会を担う全ての人々が「誰しもが被害者になる」という正しい認識を持つこと、また、行政、金融機関、警察、法律家、地域自治会など、高齢者とチャネルを持つあらゆる組織が、それぞれの立場から高齢者の日常生活、高齢者を巡る環境の変化について「気づき」、その情報を活発に交換し続けることのできるネットワークの構築が求められています。

*1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2017年4月公表)」によれば、2036年に33.3%、2064年には38.4%に達すると推計される。
*2 2014年時点で33.2%。総務省「平成26年全国消費実態調査」及び国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」より筆者推計。貯蓄残高は預貯金、生命保険、有価証券等の合計。
*3 「自分は大丈夫」過信禁物 振り込め詐欺被害者像、警視庁分析」日本経済新聞 2012年10月30日
 https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG29035_Z21C12A0CC1000/
*4 筒井義郎・佐々木一郎・山根承子・グレッグ・マルデワ(2017)『行動経済学入門』,東洋経済新報社
*5 この数値そのものの大きさ等についての議論は、同調査サンプルの代表性なども含めより詳細な考察を要するため本コラムでは言及をしない。
*6 4問中1問以上誤った選択肢を選んで不正解になった人
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
荒木 宏子
慶應義塾大学経済研究所ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター 特任准教授。
2012年3月 慶應義塾大学経済学研究科博士課程修了(博士(経済学))。
慶應義塾大学経済学部助教、近畿大学経済学部准教授などを経て現職。
専門は労働経済学、教育経済学(主に政策評価や個人行動の定量分析)。
関連
サービス
調査のご相談や見積もりのご依頼がございましたら、お気軽にお問い合わせください
当サイトでは、利用者が当サイトを閲覧する際のサービス向上およびサイトの利用状況把握のため、クッキー(Cookie)を使用しています。当サイトでは閲覧を継続されることで、クッキーの使用に同意されたものとみなします。詳細については、「当社ウェブサイトにおける情報収集について」をご覧ください。