株式会社日経リサーチ

人材投資-企業の研修費に関する考察

【連載】日経「スマートワーク経営」調査2018 分析と先進事例(5)
 企業の持続的発展には、最も重要な経営資源である従業員の能力を最大限に活用することが欠かせません。5回目は人材育成を目的とした企業研修のトレンドを人材開発大手、株式会社セルム(http://www.celm.co.jp/)の執行役員 安池智之氏に見解を伺うとともに、人材投資を積極的に行っている先進企業の事例を紹介いただきます。さらに、6~7回目では日経「スマートワーク経営」調査2018で実施した従業員調査にご協力いただいた企業が取り組む人材活用策の具体例をご紹介します。
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増加を続ける企業研修費
 企業の研修費は2016年度より4年連続で増加しており、2019年度の見込み金額は2016年度比で約10%の増加になる見通しである。
 研修費の増加率を売上高の規模別にみると、売上高が1兆円以上の企業の伸びが一桁台であるのに対し、1兆円未満の企業は二桁台の伸びとなっており、より一層高い伸びを示している。人材育成への取り組みが、大手企業のみならず、準大手企業や中堅・中小企業など企業全体に浸透しつつあることが伺える。
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 研修費増加の一因として、近年の企業の人材力強化に対する関心の高まりが挙げられる。2014年に機関投資家の行動規範である「日本版スチュワードシップコード」が導入されて以降、投資行動が中長期志向となり、投資家がESG評価をはじめとする非財務情報を重要視するようになるとともに、企業の人材力強化の取り組みにも注目するようになった。更に、「働き方改革」及び政府の「人生100年時代構想会議」の取り組みの流れの中で、経済産業省の主導により人材力研究会が発足し、「産業における人材力強化のためのアクションプラン」が2017年に提示された。このような投資家や政府の動きと連動し、企業側も積極的に人材育成に取り組むようになり、人材育成施策について社内外に積極的にアピールするようになっている。
 また、中小企業を中心として人手不足が深刻化する中、企業が人材を外部に求めるのではなく、社内の人材をいかにして育てるかに本腰を入れ始めたことも研修費増加の要因の1つである。人手不足に悩む企業が、労働生産性の向上や社内人材の定着化、モチベーション向上等を狙って、人材育成施策に熱心に取り組んでいる。
 近年、研修費を増やしている企業では、組織力強化のために重要かつ不可欠な、企業内階層の大半を占めるミドルマネジメント開発への積極的な取り組みが傾向として挙げられる。例えば、某メーカーでは、ミドルマネジメントをプロフェッショナルな職能として意図的に育成する仕組みの設計から始まり、組織の多様化の中で求められる人材像に基づく、育成プログラムが実施されている。従来のマネジメントスタイルでは通用しない時代に突入したという危機感から、組織の要であるミドルマネジメントを全社視点でバージョンアップすることを目的とした取り組みである。
 また、某流通業では、労働生産性を飛躍的に高めることを目標とし、全社的な取り組みとして「働き方改革」を掲げ、取り組んでいる。その改革を促進するために、社員一人一人のオーナーシップの向上、ビジネスリテラシーの強化及びマネジメントスタイルの変革を狙いとした全社員研修を行い、組織全体での風土革新を推進している。
企業全体に広がる経営層・経営幹部候補向け研修
 次に、企業の研修費の使途について考察してみると、近年の動向として、経営層向け或いは経営幹部候補の育成のための研修を行う企業が増えていることが挙げられる。
 売上高が1兆円以上の企業では、75%を超える企業が経営層向けの研修を、90%近くが経営幹部候補向けの研修を実施している。2000億円以上1兆円未満の企業でも、60%以上が経営層向けの研修を、70%以上が経営幹部候補向けの研修を実施している。
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 経営層及び経営幹部候補向けの研修が多くの企業で行われるようになった背景には、2つ要因が考えられる。
 1つは、2015年に「コーポレートガバナンスコード」(企業統治指針)が施行されて以降、企業のコーポレートガバナンスへの取り組みが強化されたことである。企業の継続的な成長には、透明性のある経営者の選定や育成プロセスの確立が不可欠だと株主側から要求されるようになった結果、経営者自らが次期経営者の育成に真剣に取り組むようになり、経営人材の育成が積極的に行われるようになっている。
 もう1つは、デジタル技術の急速な発展に伴って進行中の、既存のビジネスモデルを根本から覆す「デジタルディスラプション」である。これにより、多くの企業は従来のビジネスモデルでは生き残りが難しくなり、企業風土の変革や人材の一層の能力開発を迫られている。企業の経営者には、従来の固定観念を自ら壊す発想、顧客体験を価値に転換する顧客志向、意思決定のスピード、多様な人を活かすマネジメント力などが求められている。一人一人の経営リーダーの意識を改革するとともに、マネジメントの在り方を進化させ、組織革新を起こしていくために、経営人材の育成に取り組む企業が増えている。
様変わりした経営人材の育成手法
 経営人材を育成する手段や方法は、ここ数年大きく様変わりしている。従来の経営リテラシー中心の「知識習得型」から、考えを研ぎ澄まさせて経営観・事業観を育む「道場型」や継続的に経営人材を育成する「タレント蓄積型」に変わってきている。
 例えば、某金融業の経営幹部候補向けの選抜研修プログラムは、戦略や財務などインプット講義を全てなくし、代わりに社長や社外取締役等の現経営陣と企業経営の経験のある有識者との対話セッションのみの構成で実施している。対話から経営リーダーとしての問題意識を覚醒させて、考え方を研ぎ澄ませていこうとするものである。経営リーダーは経営リーダーとしての考え方・行動様式を身に着けるべきという考えに基づいた「リーダーはリーダーにより育てられる」ことを体現する育成プログラムである。
 一方、某食料品メーカーでは、経営人材の育成のみならず、よりスコープを広げた取り組みとして、30・40代の経営リーダーを発掘・育成する目的で、管理職以下の若手向けの選抜育成プログラムを実施している。採用時からリーダー候補となる人材を見極め、「ファストトラック」という早期に管理職に登用するキャリアパスをつくり、一人一人に合わせたトレーニングやジョブ・アサインメントを実施している。経営リーダー候補である人材の経験と成長をモニタリングしながら、確実なリーダー創出につなげる取り組みである。

 これからの時代、企業にとって最も貴重な経営資源は「人」である。人材力を高めるために、企業における人材開発や組織開発の重要性はますます高まっていくと考えられる。
 特に今必要なことは、個社固有の経営人材を発掘・育成する仕組みづくりとその実行である。継続的に経営リーダーを生み出すために、リーダー候補人材を発掘し、成長を支援するためのPDCAを回す体制を構築し、実行できるか否かが、今後、企業の明暗を分けることになるであろう。
株式会社セルム 執行役員 安池 智之
http://www.celm.co.jp/
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