株式会社日経リサーチ

従業員の意識から人材活用の効果を分析
企業と従業員の認識のギャップと企業業績

【連載】日経「スマートワーク経営」調査2018 分析と先進事例(12)
「スマートワーク経営」調査3つの歯車

 企業競争力を高めるには、企業が制度・しくみを整えるだけでなく、従業員の共感・働きがいを高めることが重要です。日経「スマートワーク経営」調査2018で実施した「ビジネスパーソン1万人調査」の結果から、従業員の意識を通して、スマートワーク経営を支える人材活用の効果と課題を浮き彫りにします。
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ポイント
  • 女性の活躍やスキル・キャリア向上支援など働き方関連施策に関する企業・従業員の認識のギャップが大きいほど、時間当たりの労働生産性は低い
  • テクノロジーを多く導入している企業ほど企業と従業員の認識のギャップが小さい
学習院大学経済学部経済学科准教授 滝澤美帆氏

滝澤美帆
学習院大学経済学部経済学科准教授

 近年、従業員の働き方やワークライフバランスの改善を目指す様々な施策が日本の企業で導入されているが、こうした施策と企業の業績とはどのような関係があるのだろうか。
 両者の関係を分析するにはいくつかの視点が考えられるが、ここでは、働き方関連でどのような施策を実施しているかについての企業側の認識が、従業員にどの程度浸透しているのかという視点から検討する。
 企業が様々な施策を積極的に導入したとしても、その意図を従業員が理解していなかったり、そもそも施策を導入したことが従業員に認識されていなかったりすることもあるだろう。そうした場合、従業員側から見た当該施策の満足度は高いものとはならないと思われる。そこで、こうした企業側と従業員側の認識ギャップ(施策の浸透度)と、企業業績の代表的指標の1つである労働生産性の関係を実証的に分析する。
 分析には、企業を対象に実施した「日経『スマートワーク経営』調査2018」(以下、スマートワーク調査)と、従業員を対象にした「ビジネスパーソン1万人調査2018」(以下、ビジネスパーソン調査)の2つの調査データを用いた。両方の調査とも同じ制度・施策について尋ねているが、従業員の回答は企業ごとに平均値を計算して企業レベルのデータとした上で、2つの調査データを企業名で接合して、合体したデータとして扱った。両方の調査で共通している企業数は470社である。
 働き方の制度・施策について、企業を対象にしたスマートワーク調査では「制度がある、施策が活用されている」かどうかの2択で尋ねたのに対し、ビジネスパーソン調査では「制度・取組がある」「制度・取組があるがあまり活用されていない」「制度・取組がない」の3択で尋ねた。分析するデータ(変数)としては、スマートワーク調査の場合、「制度がある、施策が活用されている」場合を1点、「制度がない、施策が活用されていない」場合を0点とし、ビジネスパーソン調査では、「制度・取組がある」「制度・取組があるがあまり活用されていない」「制度・取組がない」のそれぞれを0点、0.5点、1点とした。
 ビジネスパーソン調査で算出されるのは、企業ごとの従業員の点数の平均値になるが、平均値が1に近いほど「制度・取組がある」との認識に近く、逆に0に近いほど「制度・取組がない」との認識に近くなる。
 働き方の制度・施策に対する両者の回答をこのような数値で扱い、制度・施策に対する企業側と従業員側の認識のギャップを次の式でGAP変数として計測する。

 GAP変数=企業側の回答(変数)-従業員側の回答(変数)

 企業側の回答は1または0、従業員側の回答は1.0.5、0のいずれかの値をとるため、GAP変数の最大値は1、最小値はマイナス1の値を取り得る。最大値の1となる場合は、企業は「実施している」と回答しているにも関わらず、従業員が「施策はない」と回答しているケースに対応しており、最もギャップが大きい(浸透度が低い)。一方、最小値のマイナス1となる場合は、企業側は「実施していない」と回答し、従業員は「施策がある、活用されている」と回答しているケースに対応するが、こういうケースは少数である。
 まず、働き方の制度・施策ごとに、このGAP変数の平均値、標準偏差などの記述統計を検討した(図表1)。GAP変数は平均するとプラスであることから、企業が施策を実施していると回答していても、従業員へのその施策の浸透度合いが低い傾向があることが分かる。
図表1 企業と従業員の認識のGAP変数の記述統計 図表1 企業と従業員の認識のGAP変数の記述統計
 次に、企業側の回答が「制度がある、施策を実施している」と回答した企業のみにサンプルを絞ったうえで、労働生産性(時間当たり付加価値額)に働き方の制度・施策が貢献している度合いを各サンプルの回帰直線からの乖離(誤差)の二乗和を最小にするOLS(最小二乗法;Ordinary Least Square)の手法で分析した。説明変数には、前述のGAP変数をそれぞれ1つずつ回帰式に入れ、被説明変数に労働生産性(時間当たり付加価値額)の対数値を取って、回帰係数を推定した。図表2は「制度がある、施策を実施している」と回答した企業のみにサンプルを絞って、回帰係数が統計的にゼロとは有意に異なる施策を示したものである。全ての回帰係数がマイナスに推定されている。この結果はGAP変数が大きいほど(企業と従業員の間で認識に差があるほど)、労働生産性が低いというパターンが幅広い施策に関して観察されることを意味している。
図表2 企業と従業員の認識のギャップと生産性の関係
(被説明変数を労働生産性としたOLSの結果)
図表2 企業と従業員の認識のギャップと生産性の関係
注1)* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
注2)被説明変数を労働生産性、説明変数を各GAP変数一つずつ含めた式をOLSで推計し、
各ギャップ変数の係数を図表中では示している。
 具体的には、女性管理職登用の推進、女性の採用増加や就業継続支援、各層へのスキル・キャリア向上支援、非正社員の活躍推進、公正で客観的な人事考査、従業員のモチベーション向上に関するKPI(重要業績評価指標)の設定に関して、企業側が「取り組んでいる、実施している」と回答している一方で、従業員は「制度がない、活用されていない」と回答しているケースでは、企業の時間当たりの労働生産性が統計的に有意に低いという結果が得られた。

 こうしたパターンを視覚的に確認する目的から、横軸にGAP変数、縦軸に労働生産性の対数値をとったViolin Plotを示した(図表3)。横軸は右に行くほど企業と従業員の間の認識のギャップが大きいことを示している。同図の各プロットにおける白いマーカーが分布の中位値を示しているが、右に行くほどこの位置が低下していることが分かる。つまり、施策の浸透度が低いほど労働生産性が低いことが視覚的にも確認される。

図表3 企業と従業員の認識のギャップと生産性の関係(Violin plot)
図表3 企業と従業員の認識のギャップと生産性の関係

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注)縦軸は労働生産性の対数値、横軸はGAP変数
(数字が大きいほど、企業と従業員の認識のギャップが大きい)


 今回の分析は、一時点での企業側と従業員側の双方の認識を接合したデータを使ったものであるため、認識のギャップの大きさが労働生産性を低めるという因果関係には言及できないが、少なくとも、労働生産性の高い企業では従業員へ施策浸透度が高いという実証的な事実は示すことができた。
 認識のギャップが生じる原因に関連して、これまでの研究では、例えば、企業規模が大きいほど、マネージャーと従業員の間の関係が希薄化しがちで、従業員の企業の経営戦略への共感度が下がり、従業員満足度も低くなるといったパターンがあるとの指摘もされている。しかし、今回のデータでは、GAP変数と企業規模(従業員数)の間には統計的に有意な相関関係はほとんど確認されなかった。むしろ、規模が大きいほど企業と従業員の認識のギャップが小さくなるケースがあることが分かった。
 どの様な企業が従業員との認識を共有できているかは、重要な研究テーマと言える。この点に関して、例えば、社内におけるIT(情報技術)などのテクノロジーを活用することで、認識のギャップが埋まる可能性もあるだろう。実際にスマートワーク調査で、企業が導入しているテクノロジー数を集計したところ、GAP変数との間に統計的に有意な負の相関関係が見られた。テクノロジーを多く導入している企業ほど、企業と従業員の認識のギャップが小さいというパターンがあることを示唆するものだろう。テクノロジーの役割が、ダイレクトに生産性を向上させるだけではなく、働き方に関する施策浸透の手段としても有効である可能性が窺える。働き方に関する施策を独立の試みとして実施するのではなく、同時に、AI、IT、E-learning、可視化など様々なテクノロジーを活用しながら施策の浸透度を高めることで、企業パフォーマンスの向上が実現される可能性が高い。何につけても、避けるべきは「仏作って魂入れず」であろう。

参考文献 山本勲(2015)『実証分析のための計量経済学 正しい手法と結果の読み方』中央経済社
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滝澤 美帆
学習院大学経済学部経済学科准教授。
2007年3月 一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位修得退学(博士(経済学))。
日本学術振興会特別研究員(PD)、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員、東洋大学経済学部教授などを経て現職。 専門はマクロ経済学、企業行動の実証分析。

 
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