企業に集まるデータだけでは
収益につながらない理由とは
(特別座談会レポート Part1)

データドリブン・エコノミー到来目前!
デジタルトランスフォーメーションが必須の課題である現在、企業は自社に集まる膨大なデータをどのようにとらえ、どのようにビジネスに役立てていけばよいのでしょうか? この問いに応えるべく、慶應義塾大学経済学部の星野崇宏教授と日経リサーチの2名のデータサイエンティストによる座談会を開催。全マーケター必読の内容を3回に渡ってお伝えします。

 
多くの企業はデータ活用の本質的価値を享受できていないという現実
星野教授(以下、星野) 以前は、我々が研究のためにデータを使わせて欲しいとお願いしても、首を縦に振ってくれる企業は少なかったのですが、ここ数年は逆に企業からぜひデータを使って欲しいと言われるケースが増えてきました。これは、データの価値が広く理解されるようになったこと、そしてデータが社内に蓄積されるようになったものの、「どう収益に結びつけていくかが分からない」という悩みを持つ企業が多いことが背景にあると考えられます。
佐藤 現在、マーケティング活動におけるデータ分析というと、集めたデータを指標化して、それを確認することから始めるのが一般的ですが、これは飛んでいる飛行機のコックピットで計器を見ているようなもの。「機体が故障しそうだ」とか「何かおかしなことが起こっているぞ」というような、不具合発生のアラートとしては役立ちますが、基本的なマーケティング指標を見続けていても、普段は何も起こらないため、結局「今日も何も起こらないな」と思いながら眺めているだけで終わってしまう――あるいはちょっとしたデータの揺らぎをみて「へぇー」と一喜一憂しているだけというケースが多い。しかし、データ活用の価値は、施策を積極的に打って、その効果を定量的に把握することで初めて現れるものです。具体的な施策がないまま、集まってくるデータを眺めているだけでは、価値は見いだせません。
光廣 データを活用したいという企業からのご相談は確かに多いですが、「経営層からデータ活用しろと言われるんだけど、何をすればよいのかが分からない」というケースから、「こういう施策をやりたいけれども、データを活用できないか?」というケースまであって、企業ごとに状況や意識が異なるようにも感じられますね。
データドリブン・エコノミーの到来に向けて
クリアすべきいくつかの課題
星野 確かにデータそのものは、IoTの普及などであらゆるところから集められるようになりましたが、それをビジネスに活用できるまでには至っていないのが現状です。ECサイトやネット系のサービスではリアルタイムなインタラクションデータを活用することもできますが、そうでないサービスの方がまだまだ多いですからね。ただ、今後、データ活用環境が整えば、そのような領域にこそ、大きなインパクトをもたらすことが期待されています。
光廣 IoTやビッグデータなど、リアルな世界から取得できるデータが経済価値を生み出していく「データドリブン・エコノミー(データ駆動型経済)」が到来するということですね。データサイエンティストとしては、そのような社会が実現する過程で、オフラインデータを集めるテクノロジーなどがどう進化していくかは気になるところです。
佐藤 「データドリブン・エコノミー」を実現するには、テクノロジーだけでなく、個人を特定できるデータをどのように扱うかという課題をはじめ、様々なハードルをクリアしなければならないでしょうね。恐らく世の中の変化と共にルールは決まってくると思いますけど――。
光廣 やはりユーザー個人がメリットを感じられるような使われ方じゃないと、なかなか理解は得られないのかなという気はしますね。
星野 例えば、アマゾンは利便性と信頼性が高いから、多くのユーザーが個人情報を預けてサービスを利用しています。だからといって、全部が全部そうなるかというと疑問が残ります。しかし、アマゾンのようなネットビジネスの成功はインパクトがあるので、皆さんが同じようなことをしようと考えがちです。最近ではAIなども活用されていますが、過去の閲覧履歴に基づいて広告を出し分けして、目の前のコンバージョンをいかに高めるかということばかり行われているのもその一例です。
閲覧履歴に基づいた広告の出し分けをすれば、確かにコンバージョンは増えます。しかし、それは一時的な効果に過ぎません。同じようなメッセージが続けば、いずれ飽きられてしまいますから――。つまりライフタイムバリュー(LTV、顧客生涯価値)を最大化して、長期的な利益が見込める経営を実現するという視点に基づいた取り組みが必要なのです。必ずしもネットビジネスの成功例が、どのようなビジネスにもフィットするわけではありません。
 
データ活用を企業利益の向上に つなげるために必要な視点とは?
佐藤 データ活用を収益につなげるためには「データで把握した顧客の行動を変えるために何をするか?」という視点が必要不可欠です。そのためには、顧客がなぜそのような行動をとったのかを解明するヒントになる意識データなど、自社に集まる顧客データ以外のデータも集める必要があると思います
星野 その通りだと思います。また競合の存在を考えても、自社で得られるデータだけで顧客行動の本質を見出すことは困難だと言えるでしょう。顧客が商品やサービスの利用をやめてしまう要因の1つには、他社への乗り換えがあるからです。「他社へ乗り換える」という行動は、自社データだけでは捕捉できません。しかし、数多くの企業のマーケターがこのような事実に目を向けず、自社データを見ることだけで満足している。恐らく、企業に集まるデータが膨大なので、それだけで全て説明できてしまうような幻想を持ってしまうのでしょうけど、本当は違うということを理解して欲しいですね。
光廣 データを活用するためには、ベンチマークが必要なことも知っておいていただきたいですね。例えば、施策の効果を見る時に比較すべき数字がなければ、出てきた数字に対して適切な判断はできません。そこで、ベンチマークの設計やデータの見方について、当社(日経リサーチ)のような調査会社が持つリサーチャー的な視点やノウハウが役に立つのです。また、競合も含めた視点を得るという部分も我々の得意分野。顧客データだけでなく、競合の利用状況や、行動として残されたデータの背景にある意識がわかる調査データを利用することで、顧客理解が深まります。顧客一人ひとりに合わせたコミュニケーションを行うOne to Oneマーケティングの実行やLTVの向上には、このようにして顧客の行動背景を知ることが重要です。
星野 自社データ以外にどのようなデータが必要なのか考えるにも、ベンチマークを設定するにも、データを活用する目的を明確にする必要があるのはいうまでもありません。「何のためにデータを集めて、何のためにデータサイエンティストを使っているのか?」をはっきりさせて、必要なデータが何かを明確にしないとなかなか成果には結びつかないでしょうね。そもそも、一口にデータ活用といっても、マーケティング施策の費用対効果を測定して、資源配分を最適化するという使い方もありますし、売上予測のような活用も考えられます。目的に合わせて、どのようにデータを使うかを考えなければ、話は始まりません。
特別座談会レポート Part2に続く
日経リサーチ 特別座談会 出席者
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慶應義塾大学 経済学部・大学院経済学研究科 教授 星野 崇宏
慶應義塾大学 経済学部・大学院経済学研究科 教授(兼)国立研究開発法人 理化学研究所 AIPセンター経済経営情報融合分析チーム チームリーダー
星野 崇宏
ほしのたかひろ/2004年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。情報・システム研究機構統計数理研究所、東京大学教養学部、名古屋大学大学院経済学研究科准教授を経て2015年から現職。著書に『調査観察データの統計科学』(岩波書店)
日経リサーチ チーフ・データサイエンティスト 佐藤 邦弘
日経リサーチ
チーフ・データサイエンティスト



佐藤 邦弘
さとうくにひろ/1999年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日経リサーチ入社。情報理論によるデータマイニングを通じて、構造化データと非構造化データを可視化し、マーケティングにおけるインサイト発見支援と施策活用に取り組む
日経リサーチ データサイエンティスト 光廣 正基
日経リサーチ
データサイエンティスト



光廣 正基
みつひろまさき/2014年同志社大学大学院文化情報学研究科修士課程修了。同年日経リサーチ入社。データ科学を専門とし、マーケティングにおける意思決定支援のため、調査データ・行動データを組み合わせたデータ解析に取り組んでいる


 
イトーキ東京イノベーションセンターSINQA
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