幸せの国ブータンに押し寄せる近代化の波
コラム
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その国の経済的な豊かさを示す国内総生産(GDP)でなく、「心の豊かさ」を国の成長指標に用いている、ヒマラヤ山脈南麓の小国・ブータン。自国文化を守るための鎖国政策を1971年まで続け、仏教の教えにならい、「今」に生きることで幸せを追求してきた。今年8月には秋篠宮ご夫妻と悠仁さまが訪問され、注目が集まった。そんなブータンを大手メーカーの市場調査立ち上げのため訪れる機会があった。「幸せの国」の現在をリポートする。
高さ制限で高層ビルは皆無

右に左にと曲がる道がつづく

ティンプー中心地には
レストランや土産物屋が集まる
ティンプーで気になったのが、建設中の建物が多いことだ。首都に流入する人口は増え続けており、住宅の建設ラッシュが続いているという。ホテルの建設も盛んだ。30年前までは何もなかったという首都郊外も、いまや竹の足場が組まれた建設現場と化している。

工事はクレーン等の重機に頼らず人力作業がメーン

ティンプーへの人口流入で一極集中は年々拡大している
増える車、ラッシュ時には渋滞も
いまや車は生活に欠かせない存在だ。街中でよく見かけるのが現代やスズキ。手頃な価格で一般層に人気がある。家より車でステータスを見定める傾向があるため、人々は厳しいローンを組んでも、よりハイランクの車を手にしたいという。

ティンプーやパロ中心地では特に現代が目立つ
人口が増加する中、公共交通機関がバスに限られるため、車への依存度は高くなる。東南アジアの大都市ほどではないが、朝夕のラッシュ時にはちょっとした渋滞が起きる。排気ガスを気にしてかマスクをつける歩行者も見かけた。信号機はなく、今後どう交通をコントロールしていくのか気になった。
ちなみに、バイクはあまり見なかった。ブータンに来る前に滞在したネパールのカトマンズではバイク利用者を多く見かけたので、意外だった。都市化がさらに進んだときに、小回りがきくバイクが人気になるのかもしれない。

ティンプーやパロ中心地では特に現代が目立つ
ちなみに、バイクはあまり見なかった。ブータンに来る前に滞在したネパールのカトマンズではバイク利用者を多く見かけたので、意外だった。都市化がさらに進んだときに、小回りがきくバイクが人気になるのかもしれない。
スマホ普及、人気は中国ブランド
テクノロジーの流入も人々の生活に大きな影響を与えている。ブータンは異文化の流入が自国文化に及ぼす影響を懸念し、長い間、テクノロジーの受け入れを拒んできた。先進国では1980~2000年ごろに生まれた「ミレニアル世代」はITネイティブとされるが、ブータンのミレニアル世代の幼少期はテレビも携帯電話もなく、山に行き、自然の中を駆け回った日々だった。

オンラインショッピングや銀行アプリからの決済も、ここ数年で少しずつ浸透しつつある
それが、2000年ごろから個人でインターネットを利用できるようになり、パソコンや携帯電話の保有が一気に進んだ。その衝撃の大きさは「第2の開国」と言っていいほどだったのではないだろうか。今ではティンプーやパロなどの都市部では4Gが利用できる。何かを購入するときにはオンラインレビューを特に気にするそうで、スマートフォンが都市部の生活では欠かせなくなっている。子供に携帯を買い与える家庭も多く、遊びの中にスマホが入り込んでいる。

VIVOのショップは街の至る所で見かける
人気スマホは中国のVIVO。「iPhoneに似たデザインでクール」と若者は言う。またOPPOやXioamiも人気があり、中国系ブランドの強さがうかがえる。SAMSUNGはなかなか手が出しにくい高級ブランドで、iPhoneの最新モデルとなると、インドやタイで買ってくる人が多いそうだ。

オンラインショッピングや銀行アプリからの決済も、ここ数年で少しずつ浸透しつつある

VIVOのショップは街の至る所で見かける
インスタが人気、食事のスタイルも変化

ティンプーの中心地には、カジュアルウェアを取り扱う店が並ぶ。中国系雑貨ショップのミニソーも路面店を構える

ながらスマホもブータンで定着した光景だ
コミュニケーションツールとしては中国のWeChatが主流だ。「音声チャットがスマホでの文字入力に慣れない人々にうけているのでは」と言われるが、世界的に利用が限定されているWeChatがブータンで主流とは意外だった。

生鮮食品の購入は週末に市場でが主流。
ブータン人が野菜として好んで食す唐辛子はもちろん、地元の卵や果物、野菜、魚の干物などが並ぶ
食事のスタイルも変わってきた。ティンプーやパロのレストランに行くと、テーブルにはナイフやフォーク、スプーンが揃えられている。ブータンでは手で食事をする文化があるため、旅行客向けのテーブルセットではあるものの、ブータン人も外食時はナイフやフォークを使うようになったという。
英語教育が促す?貧富の格差拡大
国の第一公用語はゾンカ語であるが、小学校から私立・公立関係なく英語を媒介に教育を受けているブータン人にとって、海外の大学への進学のハードルは高くない。ビザなしで旅行ができるインドやバングラデッシュの他、オーストラリアやタイも進学先では一般的だそうだ。優秀な学生ほど奨学金を得て海外の大学に進学し、帰国後に政府機関に勤めたり、自分でビジネスを立ち上げたりして成功していく。さらに、農村部からの若者の流入で、都市部の就職は激化しており、これらが富裕層と貧困層の差を広げ、社会問題になりつつある。

街から少し出れば田園風景が広がる。
国の7割は森林が覆う
また、近年の建設ラッシュやツーリズム産業の成長が自然環境に及ぼす影響を懸念する声も聞かれる。長い間グローバル化に巻き込まれないよう耐えてきたブータンだが、「第2の開国」とともに、グローバル化の波に飲み込まれようとしているようにも見える。近代化はどう人々の幸せに影響しているだろうか。財布にお金がなくとも、人々は日々の暮らしに幸せを感じていけるだろうか。新しいブータンの一面をみた訪問となった。

街から少し出れば田園風景が広がる。
国の7割は森林が覆う
(日経リサーチ&コンサルティング(タイランド) 橋本実希)
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