どれを使う?4つのイノベーション・フレームワークとその違い

-ブルー・オーシャン戦略、SHIFTから、ジョブ理論、N1分析まで-

成熟化する市場で高まるイノベーションの重要性

佐藤邦弘

市場が成熟化する中で、新しい価値を創造し、過当競争から抜け出すため、イノベーションの重要性はますます増しています。それに伴い、いわゆるKKD(勘、経験、度胸)に頼らずイノベーションの成功率を高めるためのフレームワークも数多く登場してきました。では、企業担当者はどれをどう活用すべきでしょうか?今回は日経リサーチが長年、イノベーションに繋がる顧客のインサイト発見をデータ分析とフレームワークで支援してきた経験に基づき、以下の4つについて共通点や違いを整理してみました。

表1.今回取り上げる4つのフレームワーク

  名称 参考文献・引用元
1 ブルー・オーシャン
戦略
『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』
W・チャン・キム著/レネ・モボルニュ著/入山章栄 監訳/有賀裕子 訳
ランダムハウス講談社 2005
2 ジョブ理論 『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』
クレイトン・M・クリステンセン他著/依田光江 訳
ハーパーコリンズ・ ジャパン 2017
3 SHIFT 『SHIFT:イノベーションの作法』
濱口 秀司 著
ダイヤモンド社 2019
4 5セグ・9セグ分析とN1分析 『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』 西口 一希 著
翔泳社 2019

イノベーション・フレームワークの2系統

今回、取り上げる4つの手法は大きく2つに分けることができます(図1)。1つはまず「世の中にないもの」を考え、その後で、その制約の中で「顧客にとって便益があるもの」を検討し、デザインしていく方法です。「ブルー・オーシャン戦略」と「SHIFT」がこれにあたります。これを新規性起点のフレームワークと呼ぶことにします。
もう1つはまず「顧客にとっての便益」を考え、その中から「顧客にとって新規性があるもの」を検討し、デザインしてく方法です。「ジョブ理論」と「N1分析」におけるアイデア抽出のプロセスがこれにあたります。これを便益起点のフレームワークと呼ぶことにします。以下、個別にみていきましょう。

図1.イノベーション・フレームワークの2系統

図1 イノベーション・フレームワークの2系統

新規性起点のフレームワーク(ブルー・オーシャン戦略、SHIFT)

ブルー・オーシャン戦略とSHIFTは、今は無いものを考えることを起点にしているところが共通ですが、ヒントを得るまでのプロセスに違いがあります。
ブルー・オーシャン戦略はその商品カテゴリーに付随する様々な要素に4つのアクション(取り除く、大きく減らす、増やす、付け加える)を加えることで似て非なるカテゴリーを創造します。このとき、大きなコストが掛かっている要素を「減らす・取り除く」ことと並行して、「増やす・付け加える」ことをした別の要素に高い価値を感じる顧客を見出せれば、コストを下げつつ便益を高めるという従来とは全く異なるビジネスモデルをつくることができます。有名な例として、サーカスとは似て非なるカテゴリーを創造した「シルク・ドゥ・ソレイユ」、従来の理容室とは似て非なる便益を安価で提供できるビジネスモデルの「QBハウス」が挙げられます(表2)。
シルク・ドゥ・ソレイユは「動物」の飼育・訓練・移動といった大きなコストを取り除き、テントの非日常性は強化しつつ、大人が楽しめる娯楽としてテーマ性や芸術性を付け加え価値を高めました。また、QBハウスは「洗髪」を無くすことで店舗の水回り設備というコストを取り除き、待ち時間やヘアカット時間の短縮という便益を付け加えています。

表2.ブルー・オーシャン戦略の事例

取り除く・大きく減らす 増やす 付け加える
シルク・ドゥ・ソレイユ 動物によるショー・花形パフォーマーなど 独自のテント等
(非日常性)
テーマ性
芸術性
QBハウス 洗髪、予約制、マッサージなどの各種サービス 待ち時間、ヘアカット時間の短縮 エア・ウォッシャーシステム
(表1書籍より筆者作成)

もう1つのSHIFTは新規性のあるものを考えつくために、まず、アイデアを出すことで思い込み(バイアス)を可視化し、次にそれを破壊する方法をとります。USBメモリーが有名な例ですが、企業担当者がファイル送受信の次世代サービスについてアイデアを出しあったとき、「大容量ファイルをネット(バーチャル)で」と「小容量ファイルを(手で触れられる)メディアで」のアイデアに偏り、「大容量ファイルをメディアで」の領域にアイデアが出ていませんでした(図2)。そこで、「大容量ファイルを手で触れられるメディアでやりとりしたいニーズは本当にないのか?」という視点から便益を設計し、フラッシュメモリーとUSBを結びつける商品のアイデアにつながります。

図2.USBメモリー開発のフレームワーク

図2 USBメモリー開発のフレームワーク (表1書籍より筆者作成)

どちらも思い込みをパラメーターで可視化し、強制的に壊すという点は同じですが、最初からコストと価値の両立という矛盾を打破する形態のイノベーションを想定しているブルー・オーシャン戦略と比べると、SHIFTの方が抽象度が高く考えうる軸の組み合わせが非常に多いため使いこなすのが難しいという一面があります。

便益起点(ジョブ理論、N1分析)のフレームワーク

ブルー・オーシャン戦略やSHIFTが、消費者の考えつかないアイデアを探索するのに対し、ジョブ理論やN1分析は、一部の消費者が感じている何かしらの便益や不便を捉えるのを起点とするところに違いがあります。
ジョブ理論は商品カテゴリーに縛られない高い視座で考えるのが特徴です。具体的には「どんな“ジョブ(用事、仕事)”を片づけたくて、あなたはそのプロダクトを“雇用”するのか?」という問いの答えを考えることから始まります。例えば、マーガリンのジョブとしては「飲みこみやすいようにパンの耳や皮を湿らせる」や「調理中に食材を焦がさないようにする」などがあげられます。「湿らせる」何かなら競合はオリーブオイルやマヨネーズ、もしかしたらコーンスープも競合になるかもしれません。「焦がさない」何かならテフロン加工のフライパンも競合となりえます(図3)。このようにある状況下でジョブを考えることにより、カテゴリー内の競争から離れた視座でアイデアを検討できます。

図3.ジョブで考えた場合、マーガリンの競合として雇用される競合例

図3 ジョブで考えた場合、マーガリンの競合として雇用される競合例(表1書籍より筆者作成)

一方、N1分析は1人1人の背景を理解した上で、「なぜこの商材を選ぶのか、何に便益を感じているのか」をとことん突き詰める方法です。購入頻度と継続意向で自社顧客や他社顧客を分類する5セグ・9セグ分析とセットで行うことで「ロイヤル層だけが気付いている便益」や「サービスへの関心が弱かった非購買層が惹かれる便益」をヒントにアイデアの抽出につなげます。アイデアの候補を見つけたら、次に「このアイデアに他のセグメントを動かす力がどれだけあるか」を検証することで、ターゲットと施策をセットで考えることができます。参考文献4が例に挙げた「肌ラボ」は、化粧水の顧客がベタベタした使用感について「このベタベタした感じこそが保湿の証拠」と発言したことから、「手に頬がくっついてはなれなくなるほど“もちもち肌”になる化粧水」というアイデアにつなげていきます(図4)。

図4.化粧水「肌ラボ」のアイデア発見事例

図4 化粧水「肌ラボ」のアイデア発見事例(表1書籍より筆者作成)

ジョブ理論もN1分析も、「なぜ、買ってくれる・選んでくれるのか?」という本質的な問いに対して顧客1人1人を深く理解し、そこから得られたアイデアを施策に活かすという点で似ています。
ただし、ジョブ理論はカテゴリーに縛られない高い視座で考えることで思いがけない視点が得られることもある一方、発見したジョブから具体的な施策を考えるのが難しい場合があります。一方、N1分析は5セグ・9セグ分析と併用すると、あるセグメントの顧客を別のセグメントに動かすためのアイデアが探索できるため、アイデアが抽出できた時は、ターゲットと施策がセットで決まり、マーケティング施策へ展開しやすいという違いがあります。

まとめ-4つのフレームワークをマッピングで整理する

以上の4つのフレームワークを「企業担当者で便益に気づいている人の割合」×「顧客側で便益に気づいている人の割合」を軸に図5のようにマッピングしてみました。

図5.企業担当者の便益の知覚割合 × 顧客の便益の知覚割合

図5 企業担当者の便益の知覚割合×顧客の便益の知覚割合

右上は売り手・買い手ともに便益を理解している領域で、レッド・オーシャンとなり、左下は売り手・買い手ともに便益に気づいていなかったブルー・オーシャンの領域です。
その中でジョブ理論や5セグ・9セグ分析+N1分析は、ある程度、同質の顧客群(ジョブ理論では同じ状況にある顧客、N1分析では5セグ・9セグで同じ購入頻度・継続意向にある顧客)に絞った上で、その理由を1人1人掘り下げていきます。何らかの軸で同質の顧客群に分ける点はマーケティング2.0に近く、1人の人間として理解し、価値提供を考える点はマーケティング3.0にも近いため、その合わせ技という側面がありそうです。
一方、ブルー・オーシャン戦略やSHIFTは、企業側・顧客側ともに気づいていなかった領域から考え始めるので、起点に限っていえば従来のマーケティング理論と違っています。最初の発想のあとは同様に顧客の便益を設計し、ビジネスモデルとして成立するか考えることになりますが、新規性が高いため、社内・顧客の両方に価値を理解してもらう活動がジョブ理論やSHIFTに比べて難しい点がデメリットでしょう。

今回取り上げた4つのフレームワークは考える順序は違いますが、最終的には、新規性・便益の両方をいくつかの軸で考えていくことになります。そのため、どのフレームワークを使っても同じようなアイデアにたどり着く可能性があります。

ただ、より意外性の高いものを目指して探索したい場合は、
・SHIFT、ブルー・オーシャン戦略
意外性がそこまで高くなくても、施策に速やかにつなげていきたい場合は、
・5セグ・9セグ分析+N1分析、ジョブ理論
が良いかもしれません。

今回は4つのイノベーション・フレームワークを起点に着目して比較・整理しましたが、表1の参考文献はアイデアを考える際の軸やワークショップの進め方などについても事例を交えて丁寧に説明しています。このコラムを読んで興味がわいたフレームワークがあれば、ぜひ一読してみてはいかがでしょう。

(ソリューション本部 チーフ・データサイエンティスト 佐藤邦弘)

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